86歳老いる雑感(198) わが高齢期の「ど忘れ」人生の始まりと人間模様

 85歳を過ぎてから単純なミスをすることが増えてきた。歳を重ねるにつれて、自分でも「どうした」ということが起きてくる。

 高齢期になってからの趣味の一つとしている写真の作品作りのため、小型のデジカメはどこに出かけても常時携帯することにしている。シャッターチャンス意外な時にあるからだ。これは「いいね」と思ったらとりあえず撮ることにしている。

 そこで、上手く撮れたと家に帰ってカメラからメモリーカードを取り出そうとしたら、カードが入っていないではないか、メモリーカードが入っていないまま撮影したことになる。どうしたのかと調べてみたらカードはパソコンに入ったままであった。こうしたことは、写真のビッグチャンスと思われる時によくある。

 普段は、撮影した画像はすぐにパソコンに入力し、終わったらカードをカメラに収めることにしているが、入力の途中で何かの用事で席を離れたりした時にガードのことを忘れてしまっているのである。

 高齢者運転免許の更新の講習で認知能力のテストがあるが、これと同じで、同一の動作の場合はうまく行っているが、そこに別のことが起きると前のことを忘れてしまっていることがある。歳と共に認知能力、注意力が低下してくることは否めない。厳然たる事実であるからだ。悲しいかなこれが高齢期の人間模様でもある。こうしたことから昨年自動車運転免許証の自主返納をした。 

 現代はメモリーカードに数多くのものを収めることができる。また消すこともできる。毎日と言っていいほど、撮影記録して暇な折に画像処理をすることにしている。

 パソコン画像入力が終わったら、パソコンからカードを抜いてカメラに装着する一連の行為は一つの流れのようなものであるが、たまにお忘れることがある。こうした時は、いよいよボケてきたかと自覚、自省することになる。

 人間、高齢期になると歳と共に「忘れる」ことが多くなる。当たり前のことであるが、他人様になんとかして迷惑をかけないようにメモ帳の活用、点検確認など様々な努力を続けたいと思っている。

 これからのわが人生の終末期は、「ど忘れ」の人間模様が展開されることになるであろう。これが歳をとると言うことである。