平成17年(2005年)4月、地域の神原町自治会長に就任して以来、毎月5日と20日の2回、「神原町自治会ニュース」を編集発行した。歳月が過ぎるのは早いもので15年が経った。
わが町に「自治会ニュース」が創設発行されるようになってから、現在に至るも継続されて情報連絡紙として大きな役割を果たしている。
「神原町自治会ニュース」を通じて、地域社会に生起する諸問題、自治会活動及び運営や地域の話題や町内で黙々と献身的に活躍する人々などを中心に、どのような問題に直面して、どのように対処したかを回顧してみたい。
自治会・町内会の運営と活動は、時代、地域によって状況は様々であるが、共通するものがあるのではなかろうか。そうした視点からすると現在及び将来において、自治会・町内会の会長、副会長、会計の三役などの役員として活動される方々に参考になる点もあるのではなかろうかと思うものである。時代の進展とともに自分たちの住む町の自治会・町内会は常に新しい課題に直面しながら前進していくものであるからです。
❶ 平成17年度神原町自治会通常総会 事業実施報告書の内容充実、
平成17年度の自治会活動を締めくくる通常総会は、上程議案など今までと同じでしたが、改善できるところは積極的に改める方向で進めることにしました。
△ 総会に上程する議案は、
① 平成17年度事業実施報告・事業決算報告・神原会館運営委員会決算報告・監査報告
②平成18年度自治会役員改選
③ 平成18年度事業計画及び収支予算計画
④ 自治会規約等の改正
△ 議事が終わった後、退任及び新任役員の紹介、挨拶等
〇 年度事業報告書の内容の改善
月日と実施事項の羅列型に、年度事業の重点項目について、実施内容と成果等を記述する説明型を加えをた
総会における事業実施報告書は従前、月日と実施事項の羅列型の簡単なものから思い切って、年度事業の重点項目について、実施内容と成果等記述する説明型を加えることにしました。
年度事業計画とあわせて、事業実施報告書を読めば、重点事項についてどのように対処したのか、どのような成果があったのか、問題点と今後の課題は何なのかと言った、誰もが事業実施状況を理解できるようにしました。
その後、今日に至るまで、毎年この方式が継続されているところを見ると、この改善は一歩前進したも言えます。
その改善にあたっては、当時、他町自治会の総会における年度事業報告書と比較検討した結果、わが自治会と同じように、主流は月日と実施事項の羅列型が多かったと記憶しています。
この場合、口頭による説明が付け加えられるが通例ですが、簡潔明瞭で報告は短時間で終了する利点はありました。しかし、状況によっては、その分だけ、実施事項の細部と成果等についての説明を求める質問も多かったと記憶しております。
新方式は、どちらかというと懇切丁寧型となっており、多少報告に時間がかかりますが、必要にして十分な説明が行われることから、参会者がよく理解され了解されることから円滑な議事進行につながりました。
また、総会は委任状を提出された不参加者に対する総会報告書の回覧においても、事業報告書などの議決された議案内容の理解を容易にする利点がありました。
❷ 総会会場の座布団形式から椅子形式へ変更
△時代は日常生活も主として椅子形式に変わってきていました。この町が誕生して以来、総会等はすべて座布団形式ですべて行われてきました。したがって、会館建設以来立派な座布団が備え付けられていましたが、時代の趨勢に合わせて、思い切って、従来の座布団形式から楽な椅子式にしました。
シニアクラブにおいても、会長に就任するや、会館における定例会等の集会は、座布団形式から椅子形式に切り替えました。高齢者の中には、最初の内は椅子だと落ち着かない方もあったので、前列だけ座布団を置いたりして対応しましたが、次第に椅子の方がよいということで座布団に座る人はいつの間にやらいなくなりました。今日では集会室での会合はすべて椅子方式となっております。
私の場合も、80歳まではどこに行っても座ることができることを自慢していましたが、今では座ろうとすると膝が痛くなり座ることはできなくなりました。こうしたことから座る会場では、必ず椅子を用意してもらうことにしています。時代とともに日常の生活様式が椅子中心となったわけですからそのような身体的状況になってきたように思えます。
当時の自治会総会時における椅子形式への判断と決断は時代の要請であったように思えます。ただし、地域の会館の日本間には立派な座布団が備え付けられていますが、次第に日本間の利用が少なくなってきたように感じます。これも時代の趨勢でしょうか。
❸ 神原町の成り立ち その3 ル-ツを探る
その2の要約
神原町の前身・神久呂村の時代には神ヶ谷区の集落中組に属していましたが、昭和23年2月23日中組からの分離下準備を始め、同年4月1日に神ヶ谷区神原集落を組織しました。当時の隣保単位は、雨溜、奥一、奥二、原山、北神の5個であり、戸数は昭和23年3月の時点で48戸、同年4月1日の神原集落結成時に1戸加わり、49戸となりました。初代の集落長は、池谷喜太郎氏でした。
その3 ル-ツを探る
△ 集落内の隣保は7個班
◇昭和23年5月以降になると、隣保は、奥一、奥二、原山、西原、稲荷、北神、雨溜の7個となり、集金、募金、作業の割り当て、委員の選出が行われたことが記録されています。
◇今流に見てみますと、当時は1個班が平均7戸でした。現在は、1個班の平均は11戸で当時の平均戸数で換算しますと約47個班になります。
◇当時の風景写真を展示し今日に至る神原町の発展の過程を回顧してみると、どんなにか面白いと思います。50年の歴史は、想像をはるかに超えるのではないでしょうか。
◇子どもたちにこれから50年先の神原町・神久呂を描いて見て欲しいものです。どんな町になるのでしょうか。50年後の子孫たちは、50年前の今をどのように受け止めるでしょうか。
△ 当時の隣保班とその区域
◇昭和26年ごろの隣保を区分してみますと、
〔原山隣保〕井島睦次、野寄力一、刑部由、刑部宏、林桂、石塚角太郎、野寄弘(7戸)
〔西原隣保〕澤井紘一、澤井浅吉、澤井四郎、原田光義、吉山重太郎、落合長吉、竹本小松、山下明(8戸)
〔稲荷隣保〕村松貞夫、井島義文、川村忠愛、大石寿じゑ、稲田朝子、稲田隆次郎(6戸)
〔西溜隣保〕和久田与作、髙橋茂作、和久田利次、和久田桂次郎、井島髙、鈴木善八、渥美正三(7戸)
〔奥一隣保〕井島徳太郎、加藤義司、加藤正忠、池谷武、原田宇平、池谷佐一、井島惣平、井島静雄、松下栄一郎、井島新太郎(10戸)
〔奥ニ隣保〕加藤静馬、池谷喜太郎、和久田徳次郎、池谷偆一、鈴木大二、原田吉太郎、前川武男、井島克己、井島芳蔵、池谷久二(10戸)
〔北神隣保〕長谷幹男、小松登喜男、池谷ふじ子、松山哲三、池谷譲、井島克三、井島忠義,池谷市作(8戸)
と記されています。7個の隣保で49戸から成り立っていました。
△ 隣保名と当時の家々の地図を描いてください!
◇隣保名と当時の土地名との関係を考えてみると、現在のような数字班名では出てこない、当時の人々の大地に根ざした生活環境、自然観、神仏に係わる信仰心や生活に密着した土地愛、愛郷心のようなものがひしひしと感じられます。
◇私たちは先祖があって、今日があります。お先祖様を大事にする家は繁栄すると細木数子先生はテレビで毎回話しています。こうした思いで当時と現在の家を結び付けて地図を作ってみると私たちの神原の成り立ちを探ることが楽しくなってきます。
❹ 神原町自治会 会員数 平成18年3月1日現在
班数 34 会員 374戸 賛助会員 9戸 合計 383戸
❺ 会長の一言
△もう総会の準備にかかる時期になりました。部長、班長の役員の皆様には大変なご苦労をおかけしました。幾代にもわたってこうした奉仕が自治会の活動を支えてくれているのです。また、諸団体の役員の皆様にはご協力いただいてありがとうございました。無事にこの一年が終わろうとしています。
△昭和30年4月の初代自治会長野寄力一氏から数えて24代の会長にあたることになります。会員みんなの総力で神原町をさらに力と住みよい町にしたいものです。