山門の人生の教示   「一期一会 巡り合いの不思議さに手を合わそう」

 去る3月31日朝、浜松市西区神ケ谷町の天龍山洞雲寺の墓園を訪れて、墓前にお花をお供えした。境内の樹木から鶯の鳴き声が聞こえてきた。

 山門の掲示には、「一期一会 巡り合いの不思議さに手を合わそう」であった。自分の87年の人生を振り返っても、人生は人と人との出会いであり、全てが「一期一会」であったように思われる。これからもそうであろう。

 「一期一会」については、三省堂の解説を掲げてみた。

「一期一会」の解説 - 三省堂 新明解四字熟語辞典     出典

一生に一度だけの機会生涯に一度限りであること。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。もと茶道の心得を表した語で、どの茶会でも一生に一度のものと心得て、主客ともに誠意を尽くすべきことをいう。▽千利休の弟子宗二の『山上宗二記やまのうえそうじき』に「一期に一度の会」とあるのによる。「一期」は仏教語で、人が生まれてから死ぬまでの間の意。   出典  『茶湯一会集さとういちえしゅう』
【所感】
   人生は人と人との出会いであり、つながりではなかろうか。特に、人生の主要な活動期であった自衛隊勤務においては組織集団を主体とするだけに強く感じたものである。
 35年余の在隊間は、人間集団がいかに一致団結して任務を遂行するかに専心したものである。
 若い時から「一期一会」という言葉と意味を知った。人との出会い、縁を大切にすると共に職務を全力で取り組むことに努めた。 人生はすべてが一期一会であるように思う。
 間もなく88歳の米寿を迎える今日、残された人生はわずかとなった。何事にも手を合わせ、ありがとうと感謝する毎日です。

浜松市西区神ケ谷町の天龍山洞雲寺山門の掲示 令和5年3月31日午前撮影