元自衛官の時想(58) 危機管理に関する状況判断と対処の 決心・決断

 昨今のアメリカンフットボ-ルの悪質な反則問題、日本相撲協会の暴力問題等々各界における社会問題となる事案の報道を視聴するたびに思うことは、俗に言う「危機管理」に関する意識、能力の欠如ないしは低下といった事柄についてである。突如として発生した危機事案に対する各レベルの初動の状況判断と対処の決心・決断の在りようである。

 若いころ指揮幕僚課程選抜試験の口頭試問において、状況を付与されて、次々と「基地当直幹部として貴官の判断・決心と対処策」を厳しく問われたことがあった。また、圧迫試験と称して、全く想定外の状況を作為して受験生の度肝を抜いておいて、速やかにいかに立ち直り対処できるか、摸擬の面接試験を経験したこともあった。これらは仮定と練成の序の口で、長い自衛官生活で危機管理について、実際に数知れな経験や見聞をしてきた。

 今振り返ると、総じて航空自衛隊の昭和の創設期は、情報が錯綜した混乱の中での指揮官・指導者の状況判断と決心が求められたが、すべてが比較的安定した建設期になってからは、通信電子機器等の指揮・情報機能の充実により状況を冷静に判断・決心できる環境が整備されるようになった。

 しかし、時代とともにいかに指揮連絡及び情報収集の環境が整備されたとしても、指揮官・指導者の状況判断と決心・決断に至る本質にはいささかの変化もないであろう。取り分け初動における状況判断と対処の決心・決断は、その後の対処の成否を左右するほど重要である。

1.最高指揮官・指導者の状況判断と決心・決断

    古来、有事における最高指揮官・指導者の状況判断と決心・決断のありようを歴史上の人物から求めるまでもなく、近時の政治外交、経済産業、社会文化の出来事の中から学なぶことができる。

  戦後、 昭和から平成においては、大企業の不祥事における対応、都道府県知事・市町村長の各地の噴火等への対処から国家の最高指揮官・指導者の阪神淡路の震災や3.11の東日本の大震災における初動対処の判断・決心など語られる事例は尽きぬものがある。

   最高指揮官・指導者の責務は極めて大きい。 突如として、想定外の事態が発生した時の指揮官・指導者の冷静沈着にして適時的確な判断決心は、その人物の真価を問われること以上に、国家・国民の生命と財産を左右することにつながっているからである。

   そこには、最高指揮官・指導者としての資質・能力の有無と資質・能力を遺憾無く発揮したかどうかを冷徹に評価されることになるからである。

2.   自衛隊勤務における状況判断と決心・決断

   35年余の自衛隊勤務において、各級指揮官の状況判断と対処の決心・決断を見聞し、自らもその中の一人であった。

    自衛隊勤務は、事の大小に関わらず、決心・決断の連続であった。普段の隊務運営、新規施策の採用の可否、部隊行動の発令、状況変化における諸行事の実施・中止・延期、隊員の関わる各種の事故事案対処の判断決心など日常茶飯事において行ってきた。

    なんと言って最大の判断決心は、部隊行動に関する事項である。大は国家の命運につながる国家存亡の危機から小は毎日の恒常的な業務に関する判断決心である。

   判断決心に伴って一番大事なことは、よほどの状況の変化がない限り、決心・決断したことを躊躇することなく、断固として毅然として実行することである。

   判断決心したものの、実行段階で、躊躇したり、困難にぶつかると朝令暮改のごとく、決心を二転三転、変更したり、どうしようかとウロウロする者は指揮官・指導者たる資質能力に欠けるものといえよう。

    これらは、どの学校を出たとか、頭が良いとかではなく、持って生まれた資質・素質・気質の面がかなり大きいように思われるがどうであろうか。

3.  的確な状況判断と対処の決心・決断に関する 資質能力の向上と経験・錬成

 自衛隊勤務は、各階級に対応して職務と責任が課され、幹部においては指揮官職・幕僚職を経験しながら練成していく経歴管理が行われる。

   一定の資質能力を備えておれば、鍛えれば鍛えるほど伸展し、経験を積み重ねるにつれて、自信が生まれ、度胸がつくようになるものだ。

 要撃管制幹部になって、初めて先任指令官として、初めて国籍不明機に対してスクランブルを下令したときの情況などは何十年たっても忘れることがない。部下隊員がかたずをのんで注視する中、所要の情報をもとに秒刻みの短時間で状況判断・決心する瞬間も回を重ねて経験を積んでいくと、自分でも驚くぐらい冷静になってくるものである。

   突発事案発生の一大事に、度胸が据わって指揮統率できる指揮官・指導者の養成は、一朝一夜にして出来上がるものではなく、その組織が長い時間をかけて育てることになる。

 

結び

    昨今の危機管理が叫ばれて久しい。社会における危機管理は、国家レベルから会社・学校、地域の自治会・町内会、さらに家庭、個人においてと何ら変わりがないものだ。

    突如として発生した災害、事故にとどまらない。あらゆる事案への初動対処が危機管理そのものではなかろうか。

     古今東西、ここ一番における危機への認識がかけたり、希薄であると「危機」を「危機」と認識しなかったりして初動対処を誤ることとなる。

    翻って、社会生活において、誰でも大小を問わず各種の危機に直面し対処をしている。そこに共通する危機管理の本質は、全て同じである。初動の危機管理に関する的確な状況判断と適切な対処の判断・決心によって、その後の展開は天と地ほどの差が出てくることを銘すべきではなかろうか。

    組織において、その状況判断と対処の決心・決断は、指揮官・指導者たるトップに立つ者の責務である。判断・決心はすべからく、「人」が行うものである。どんなに世の中が進歩発展しても、機械ではなく、最後は「人」が判断・決心するところにある。