1. 猛烈戦士と日曜日
昔風で言えば、昭和の時代は定年後の生活を表すものとしてよく使われたものは、「毎日が日曜日」という表現であった。現役時代は、誰もが 毎日、朝から晩まで、働く場所と仕事の内容は異なれども、猛烈に働いてきた。俗に言う「猛烈社員」、「企業戦士」と言った類である。
自分では自覚していなかったが、はたから見たら、私も航空自衛隊という軍事組織の中で猛烈戦士の一人であったと見られていたかもしれない。
24時間の防衛体制の中で、若い働き盛り時代は、 シフト勤務で土日は関係なく、第一線の防衛任務についた。今の時代のように労働時間や働き方改革などの動きはなかった。昭和の終わり頃になってから土曜日を交代で休む指定休制度が試行されるようになった。
今から回想しても、実によく働いたものだと思っている。
どの職業であっても、働くという点では大変な苦労と喜びがあるものである。その中で勤務体制、勤務のロ-ティション、休み日の取り方はさまざまであるが、休みの日は、仕事のことは忘れて、家族の団欒と休養をするという生活パターンが一般的でははなかろうか。
週休2日制のところは土曜日・日曜日が休養日となった。時代と共に働くこと、休養についての物の考え方、価値観が大きく変わっていった。
2.定年後の毎日が日曜日の実感
したがって、定年後の「毎日が日曜日」の表現の裏には、こうした忙しさから一転して、無任所となり、どちらかというと、毎日どうしてもやらなければならないことがなくはなり、手持ち無沙汰で体を持て余しているといったニュアンスがあった。
実際にそうでなくても、定年後は毎日が日曜日のようにのんびりした生活をしているという気持ちを端的に表したものと捉えることができるのではなかろうか。
定年後間もないときは、重い荷物を下ろした開放感を味わい、スッキリと端的に表現する言葉として「毎日が日曜日」は使いやすい面があったように思われる。
これらは、社会の様々な雑音から離れ隠居的な存在となったことを意味するものであった。
3.今日の定年後はどう変わったか
今や、こうした定年退職者の平均的な生活パターンは現在どのように変わってきたであろうか。平均寿命は伸びるわ、健康寿命がどうだと騒がれる時代となった。
社会構造や国民意識の変化により、現代の定年退職した高齢者のありようは、かなり様変わりしてきたように思われる。
その顕著なことは、少子高齢化社会に伴い定年後のさらなる嘱託等での会社勤めが続くようになったことである。雇用関係や生活設計が様変わりしてきた。これからはさらに、国家の労働政策の推進により定年延長とあり、働き方改革が進み高齢者の生活の仕方も変化していくであろう。とりわけ、超高齢化社会が進み働き改革では70歳以上の活用が重視されるであろう。
今日の高齢者の状況を見ていると、シニアクラブの年齢構成が、昔よりかなり高齢になってきたことだ。60代で入会する人が少なくなり、70代後半からの入会が多くなった。会員の構成が大きく変化してきたことである。
また、シニアクラブ、ボランティア活動等の社会的な活動面では、積極的参加する人とそうでない人、家で自分のやりたいことを自由にやり、外との関わりを断つ人の二極化が進んでいるように見られる。
やるべきことが多すぎる人と何もしないで過ごす人に分けることができる。
このように、長寿社会の高齢者の老後の生活の多様化はさらに進化するものと思われるがどうであろうか。
人間の最後は、やはり働きずくめより悠々自適の余裕のある人生を送りたいと思うがどうであろうか。
私は80代の半ばを迎えるようになって、自分の人生の終わりは、何もしないのではなくて、多少でも地域への貢献ができて、自由にやりたいことができるような毎日が日曜日であった方が良いと思うようになった。