昭和の航空自衛隊の思い出(129)  人事幹部課程の出会いと交流

1.忘れ難い教官陣

    人事幹部課程における教官の中で特に印象に残っているお二方について触れてみたい。

❶ 小城左親人事教官

 事務官の小城左親教官は、職員人事管理と俸給を担当された。昭和30年11月に航空自衛隊に入隊され、62年3月末に定年退官された。東京の退官パ-ティに出席したことを覚えている。気骨があり、謹厳実直で一生懸命の授業は忘れられない。

 学生としては、給与法は法改正が毎年行われ、法令も複雑難解なものとなっており「給与の小城」と強く印象に残っている。それこそ熱心に教授された。人事分野で小城教官の名前を知らないものはいないくらいであった。

 後年、私が昭和56年母校の第3術科学校の第4科長として教育の責任者となった折は、一緒に学生教育に当たった。部隊の人事部長のときは、方面隊司令部の職員管理官として、今で言えば女性の管理職登用は当たり前であるが、当時、航空自衛隊で初の女性事務官の班長職への登用を現場でやってもらえないかともちこまれ、試行し爾後は定着発展していったこともあった。

 退官後は、福岡県三井郡大刀洗町の老人会長、連合会長等も歴任された。忘れ難い方であった。在隊間は、航空自衛隊における人事教育と職員人事管理に多大の功績を残された。パチンコを楽しまれていた。平成26年4月逝去された。御冥福を祈ります。

❷ 矢野克己総務教官

 人事課程教育における総務関係については、矢野克己1尉が全部を担当して教授されたように記憶している。総務の概念、広報業務の進め方など、当時からすれば新しいものを積極的に取り入れていたように記憶している。教育への情熱とその熱弁を振るわれる姿は実に爽やかで光り輝く教官であった。

 整備学校総務課で総務業務の実務を経験し、さらに中部航空警戒管制団司令部副官を経験しただけに、総務の授業内容に強い関心を持った。

 こうしたことがあって、人事課程卒業後も、世間一般の大会社の総務業務と航空自衛隊の総務業務との進め方の比較とか、業務の合理化の進め方などに興味を持ち研究するようになった。長い間、「総務」という類いの月刊雑誌を購読し、社会全般の総務業務の動向等を調査研究することになった。  

 特に、基地対策、広報のあり方に大きな関心を持っようになった。自衛隊勤務で直接、基地対策や広報部門を担当する機会はなかったが、マンモス入間基地の基地対策・広報などのあり様と矢野総務教官の熱心な教育が起爆薬・動機づけになったように記憶している。

 自衛隊の任務を効果的に遂行するためにはどうあるべきかなど国民と自衛隊・基地との関係について関心を持つようになった。

   矢野教官は特に部内から幹部を志す隊員に対して、熱心に教育指導をして多数の隊員が幹部への道を進んでいった。俗に「矢野教室」といわれた。昭和61年に定年退官されて民間で活躍された。

 2.同期事務官との出会いと交流

    第32期人事幹部課程(昭和43年8月7日~同年11月29日)において、幹部事務官の小峰秀雄・後藤健二・古田多美男・古橋豊峯鶴・遠山宏・清和俊彦の6氏とは親交を深めることになった。航空自衛隊の事務官等人事等を担当する有能な人材であった。

   卒業後、仕事熱心で好人物の後藤健二氏は、家に泊まらせてもらったこともあったが、不幸にして病魔に襲われて早い時期に志し半ばにして逝去された。残念無念であったであろう。

 小峰・古田・古橋・遠山・清和の5氏は、それぞれの持ち味と実力を発揮して、航空自衛隊における部隊・機関の事務官等人事管理官等に栄進して主要配置に就き活躍した。

3.人事課程同期の出会いと絆

 自衛官人生は人との出会いであった。入隊以来、諸学校への入校、学生として教育訓練に励んだ。人事幹部課程でも、学生長大泉邦彦・山崎章・掛水盛光・松下勝美・小玉晃・小峰秀雄・後藤建二・古田多美男・古橋豊峯鶴・遠山宏・清和俊彦等々の皆さんと出会い退官までいろいろなところで絆を結んだ。自衛官組では、山崎章氏が若い時から頭角を現し人事分野で主要職務に補職され栄進された。

 後年、各級司令部において人事幕僚の配置に就いた際、上下左右の部隊等において、調整等の相手であることが多く、相互の意思疎通と理解が容易となり、難しい事案も円滑に進めることができた。

 

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 《 第32期人事幹部課程(昭和43年8月7日~同年11月29日)第32期人事幹部課程 前列左から古田多美男・山崎章・後藤健二・遠山宏・小峰秀雄、後列左から松下勝美・古橋豊峯鶴・濵田喜己の各氏 》

  

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 《 第32期人事幹部課程学生舎の外で、 前列左から古田多美男・小峰秀雄・遠山宏、後列濵田喜己の各氏、小峰秀雄氏は平成15年8月逝去された。御冥福をお祈りいたします。 》