がんとの闘い(43)  治療とたいまつの火

 1.BCGの激闘が分かる

   昨日午後は、シニアクラブの定例会・防犯・交通安全教室であった。

    クラブの責任者として、申し訳なく、残念であったが、行事のことは副会長他にお任せして、自分の病院での定時治療との関係から中座し、第3回目BCG膀胱内注入療法に専念した。

    第3回目となると、すっかり落ち着いて、計画通りに着実に治療をして行くという感じである。BCGの注入もほんの数分で終わり,15分横になって注入液が膀胱内に満遍なく付着するように身体を左右に動かしたりするのも自分なりに上手になったようだ。

 BCGを膀胱内に注入するわけだから、全く自分の身体に何の変化もないということはない。膀胱内では激闘が展開され、私の身体は必至になって闘っている。これは自分の身体であるから良く分かるものだ。

 BCG注入により激しい副作用がある人もいれば、私のようにあまり副作用を感じない人もいる。多分、注入による身体への影響は各人千差万別であろう。

 午後の注入後から第一回の排泄、夜中2~3時ごろまで多少の違和感、身体がほてっている状態となるが、朝方になると全く普通の状態に戻ってくる。ひどい痛みや違和感ではないので、BCG薬による影響と考えそのままのにして過ごしているとある時からすっと「抜けていった」と感じる。

 大事を取って、当日と翌日はできるかぎり静かに過ごすことにしている。

  

2.たいまつの灯を掲げて

     がんとの闘いは、一喜一憂せず、ジタバタしないことではなかろうか。自分自身の運命については誰にも分からものである。

    さりとて、他力本願で解決できるわけでもない。自分の心をしつかりもって、現代医学の助けを借りて対処していくことが最良の方策であろう。

 私のように積極的に普通に生活し、身体を動かし、食事も、用事もすべて今までと変わりなく 過ごすよう努めるのも一つの生き方であろう。

 私の人生観は、じっと家にいて、あれでもないこれでもないと自分で自分の病気を深刻に考え悩んで過ごす人生だけは絶対に避けたいと思っている。

自分の身体が動かなくなり、自分の思うようにできなくなるまでは自分の思う通りに生きたいものだ。

 まもなく79歳を迎える。現役時代はやるべきことはやってきた。自分の願望であるが、さらに地域社会に役立つことがあれば、自分の出来る範囲のことをやりたいと思っている。

 これらは、歳ではなく、自分の体力・気力・意欲がどこまで続くかではなかろうか。どこまでやれるか、大したことはできないが、やれることには参加する。すべて自らの判断で決めていきたい。

 かって日本を占領下においた連合軍最高司令官マッカ-サ-元帥は、「老兵は消え去るのみ」といった。静かに暮らす市井の老兵は消え去るまで、自分でやりたいこと「たいまつの火」を掲げて生活したいと思う。