老いる雑感(2) 老化現象をどのように受け止めるか

1.  歳をとれば徐々に老いたい

    太古の時代から不老長寿で病気をしない薬を求めた気持ちが良くわかるようになってきた。 人は自分の意思に関係なく歳を重ねてくる。歳をとれば少しづつ体力は衰え気力は萎えてくる。当然のごとく様々な病を患うこともあるからだ。病といえば、70歳を過ぎてからがんなど3つも経験した。

  まさに「老い」は知らぬ間にやってくる。老いる過程で、世に言う「後期高齢者」の仲間入りすると更にさまざまな問題に直面することになる。

    時に 、しばらく会っていなかった知人があまりにも変貌して別人かと驚くことがある。ひとたび大病をした後がしかり。人の老い方は一夜にして白髪になるといったこともあり、定型がないと言ってよいではなかろうか。

2.   いつわが身が老いを知るか

 わが身が老いたことを自覚するのは、第一に、「アレアレ」と人の名前や地名などがすぐに思い出せないことであろう。第二に、ちょっとしたものにつまずくことがある。わずか数ミリのものであっても同じた。俊敏に立ち直る動作がなくなってくる。第三に、もの忘れが始まる。大騒ぎをした後よく見たら目の前にあったということにもなる。メモをしていても全くド忘れで迷惑をかけることもある。第四に、老眼鏡がないと新聞が読みづらくなる。耳が遠くなる。足腰が弱くなる。といったことが始まる。その状況は各人様々である。

3.    様々な老いの受け止め方

    このような事柄をどのように受け止めるかも人それぞれであるようだ。深刻に考え受け止めてすぐに医者に飛んでいく人、自分一人だけではないかと悶々と悩む神経質な人、新聞テレビに毎回登場する回復剤的なものを買っては飲み回復の望みを託する人、満足する人、不便ではあるが歳をとると当たり前だからとあまり気にしない人、いろいろだ。

    自分はどのタイプ・部類に入る入るだろうかと考えてみると、人の性格・気質、生活習慣や態度、さては生活環境・習慣などとマッチしているように思われてならない。

    どちらかというと、無頓着であまり物事を気にしなさ過ぎると家人から言われる通り、開き直って、これは歳をとれば当たり前だからと気にしないで毎日を過ごしている自分を是認する。

4.   あるがままを受け入れる

     自分の老化現象をどのように受け止めるかは、各人各様で、どれが良くてどれが悪いということはない。人それぞれでよいではなかろうか。

   そう思って、老いるをあるがままに受け止めて「これが当たり前」のこととし、毎日を楽観的に過ごしている。直面する様々な老化現象は、素直を認め、自分の意志と努力で乗り越える以外に道はないからである。特効薬も妙薬もないと分かっているからだ。

5.  自分なりの生き方

   そうなると、自分のことは自分で決めるしかない。様々な老化に対応してそれなりに老後を楽しむことに割り切っている。家族からは、随分と欲張りと言われるほどいろいろなことに挑戦することにしている。できるときにやっておかないでいつやるのかと大口をたたいている。      

   平々凡々ではあるが、目標を持って過ごすと時間が足りないくらいに感じている。これまた他人は他人、自分は自分の生き方で過ごせばよいと思つている。このブログもその一つともいえるであろう。そこには案内書も教科書もない。