1 にわか炊事マン
家内が少しの間不在となったので炊事・洗濯など何十年ぶりにやることになった。どこに何があるやらわからないが、何とか生き延びている。これも便利な時代になったおかげである。
最終的に困れば、スーパー、コンビニが近くにあるから食事代さえあれば飢え死にすることなどない時代であるから安心感がある。いい時代となったものだ。
冷蔵庫はいっぱい食材が詰まっており、他に非常のために色々なものが保管してあるので、とりあえず、あるものを活用して食べることにした。
炊事だけは、普段お客様待遇で上げ膳据え膳の身分で、全くやっていなかったので、にわか炊事はうまくいかないものだ。味付けなど調理は普段からやっておかないとにわか登場では基本ができていないから駄目だということがよくわかった。
電子レンジでチンすれば何でも便利となったが、毎食同じものでは飽きてしまう。そこで炊飯器でご飯を炊いてみたら、水の分量が多かったようで柔らかいご飯が出来上がった。自分やったものだからチンしたものより美味しく感じた。
子供の頃は、母親にかまどで炊くお米と水の加減を手の平を広げて教えてもらっこと、若い時代は、自衛隊で飯盒炊さんで水の分量を経験則で習得したものであった。失敗を重ねながら上達し、かまどや飯盒炊さんのご飯のおいしかったことを思い出すことになった。
2 自動洗濯機
自動洗濯機は便利なもので、洗濯・水洗い・乾燥までやってくれる。最初使い方がわからず戸惑いがあったが、慣れてきたら 洗剤と洗濯物を入れて、スイッチオンで自動作業をしてくれてうまく仕上げてくれる。後は室内に干すだけである。夏場だけにすぐに乾きよい季節だ。
60年以上前の若い時代、自衛隊に入隊したころ、洗濯板と固形石鹸でごしごしと洗濯したことや、結婚してからの単身赴任時代を思い出した。84歳になって、やればできるという貴重なことを経験をしたことになる。
昔、昭和の30年代に電化製品の三種の神器と言われた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫は最高の生活必需品といわれた。今やハイビジョンテレビ・自動洗濯機・高性能多機能冷蔵庫となってきた。ごくあたり前の時代となり、さらに次世代の機器へと発展してい句のであろうか。
3 作物の朝どり収穫
家庭菜園は、家内が手塩にかけて育ててきただけに、キュウリなどの作物は、毎朝収穫してやらないと野菜の木自体がダメになってくるので、朝6時ごろ起きてこまめにハサミで切り獲った。妻からは朝取りを念押しされていた。
旬の作物は24時間経つとこんなに大きくなるのかと驚くばかりである。よく見ないと葉っぱの陰に取り残しがあったりする。翌朝獲ったら他と比べて格段に大きくなっていた。
特に野菜は、早朝の収穫は水分をたっぷり含んでおり一番美味しくなるものだ。夕方獲ったとのものとは比較にならないほど長持ちと味で格段の差が出てくるから不思議である。
こうして植物の活動・成長にも一定のリズムがあるから、こまめに収穫して変動を与えないことが大事であることがよくわかった。食べきれないから、隣近所に配りもらってもらうことにした。
4 ゴミの分別とゴミ出し
ゴミの分別は、最初から分類しておいた方が効率的である。普段からゴミ袋を集積所に運ぶのは私私が分担していたからこの辺りのことは手馴れていて割合簡単であった。燃えるものと燃えないもの、資源ごみ、生ものとプラスチックなど分別と出し方が細かく決まっており、決まりごとを守った。
掃除機の方はどうも苦手だ。いっぺんにチリが貯まるわけがないからと省略することにした。
5 にわか主夫の総括
にわか主婦ならね主夫となって家内の苦労や気配りの一端を知ることになった。台所の各所に何がおいてあるやらさっぱりわからなかったが、棚などを何遍も開いて探し回りありかを知ることとなった。
今回は、一過性ではあるが、良い勉強になった。それでも、自分がどうも主夫にはあまり向いていないことだけはよくわかった。妻に対して感謝の気持ちが一層強まった強まったことは確かである。
80歳代になると、知人の中には妻に先立たれて独りでしっかりとやっている方もいる。人間その気になれば生き延びることはできそうだ。