元自衛官の時想(20)  国家防衛の軍事組織として自衛隊に欠落しているものは何か

 はやいもので航空自衛隊を退官してから27年の月日が流れた。いつの時代もOBの立場から自衛隊を見守っている。防衛省自衛隊を巡る諸問題を考えるとき、その根源は最終的に国家の基本である憲法に規定がないことにあり、これが改正なくして根本的解決は難しいと考える。

 新聞・テレビなどメディアの報道を見ても一部を除き、国家防衛の軍事組織として自衛隊のありようについての提言や論評・主張の多くは理想的・観念的・皮相的で本質を突いたものが少ないのは残念である。

 私は退官と同時に入会した「つばさ会」と「隊友会」の一員であるが、国家防衛組織の基本に関する事項や防衛省自衛隊に関する「政策提言」には大きな関心を持ってきた。現職隊員の言えないことをズバリ言ってくれていると賞賛して来た。平成28年度も諸団体が合同して「政策提言」した。提言内容は実に本質を突いた的を得た内容で、まさしくこの提言が実現して欲しいと思うものである。

 政策提言の始まりは隊友会からであった。隊友会の記事によると次のとおりである。

 「隊友会は、国民と自衛隊とのかけ橋として、国民の防衛意識の高揚や国の防衛・防災施策等への協力に関する諸活動を展開してきました。
 これら活動の一環として防衛環境の改善・防衛基盤の育成発展に寄与する防衛諸政策のあり方などの「政策提言書」を毎年、防衛省に提出するとともに国会議員や各界有識者などに送付しています。今年度から偕行社、水交会、つばさ会を加え4団体合同で作成しました。
 昨年11月7日(金)、隊友会の先崎理事長、増田常務理事及び畑中常務執行役、偕行社の深山副理事長、水交会の齋藤理事長、つばさ会の外薗副会長が稲田防衛大臣を訪問して「平成28年度政策提言書」について説明しました。

 これに先立ち、10月26日(水)、先崎理事長以下4団体の代表が鈴木人事教育局長を訪問し、平成28年度政策提言書を防衛省に提出しました。鈴木人事教育局長は「4団体として初めての政策提言を承りました。政策提言はごもっともな点が多いと思います。」と応じられた。」とある。

 すでに、平成28年度政策提言書についてブログで取り上げたことがあるが、次の諸点は国家の基本問題に関する事柄であることから、あえて焦点を絞り取り上げることとした。

❶国家防衛に関わる事項の関する憲法の改正 ❷安全保障法制の充実で、グレーゾーン事態に応ずる法的整備 ❸日米共同防衛・国際共同行動の実効性の確保である。

 本朝の各新聞を見ていて驚いたのは、産経新聞が第一面に「憲法76条の壁・軍法会議なき自衛隊」と本質を突いた素晴らしい記事が掲載されていた。これは政策提言で取り上げていた軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備について取り上げていたからである。

 自衛隊は国家の平和と独立を守り、国民の生命と財産を守る使命を与えられている。その崇高な使命を果たすには国民の理解と協力なくして達成できない。国家を引っ張っていく固い信念と指導力のあるリ-ダ-の存在、国民の支持が不可欠である。

 平成28年度政策提言書の一部の紹介 (つぼさ会ホ-ムぺ-ジ出典 ) 

憲法の改正

(1)国を防衛する実力組織を軍(国防軍)として憲法に明記

(2)軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備

(3)緊急事態条項の整備

(4)国民の国を守る義務の明記

2 安全保障法制の充実;グレーゾーン事態に応ずる法的整備

3 日米共同防衛・国際共同行動の実効性の確保
(1)日米安全保障条約の改定検討
(2)国際平和協力活動等における武器使用基準の見直し

 

憲法の改正
(1)国を防衛する実力組織を軍(国防軍)として憲法に明記

国家の最も基本的な役割は、国際社会における国家の存立を全うすることにあり、そのための最終的な実力組織である自衛隊の存在は、国民の中に定着してきました。
しかし、集団的自衛権、武器使用要件などいくつかの憲法由来の問題が存在します。
また、自衛隊は国外においても国際平和協力活動等を通じて、多大な成果を収めるとともに、国内外から高い評価を得てきました。
しかし、自衛隊は国外では軍であるが国内的には軍ではないとされ、国際社会から国際標準による軍とは異なる組織・行動をするのではないかとの疑問を抱かれる可能性があります。今後の海外での活動に支障をきたさないためにも、憲法上の地位の確定が必須です。
憲法公布から70年を経過し、国民の憲法に対する認識は大きく変化し、いくつかの新憲法草案等の提示・提言など改正に向けた歩みは着実な進展を見せております。
このような国内外情勢等に鑑み、憲法第9条第2項の「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない、国の交戦権はこれを認めない」との規定は、早期に改正されるべきであり、「国を防衛するための実力組織」の存在を軍(国防軍)として憲法に明記し、その地位・役割を明らかにするよう提言します。
(2)軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備
実力組織(軍)の行動に係る刑法には、軍人は命の危険を顧みず任務に当たり、時として部下に死を賭しての任務遂行を求めるという、軍事組織の特殊性が十分考慮されていなければなりません。加えて、裁判の実施に当たっては、組織・任務の特性による秘密保全の確保、作戦行動に及ぼす影響への配慮、軍紀の堅持等のための迅速性の確保等が要求されます。
従って、各種出動時等における実力組織の構成員(軍人)の行動を厳格に律し、その行動の正当性を担保する軍(刑)法を制定するとともに、その裁判を所掌する軍事裁判所の設置を憲法に規定すること、その際同時に、部隊及びその構成員の義務・責任に相応しい栄誉と処遇に関する諸規程を整備することを提言します。
(3)緊急事態条項の整備
国家緊急事態の際、国民の生命や国土を守るべく国として最善の対処をするためには、たとえ法律で国民の権利・自由の制限が認められていても、憲法に根拠規定がなければ違憲とされる恐れがあり、緊急権を発動することは困難であると考えられます。
かかる観点から、憲法に緊急事態条項を整備することを提言します。
(4)国民の国を守る義務の明記
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するためには、国民自らが国を守る義務を負うことを認識することが不可欠です。また、国の安全保障戦略に基づいて国際情勢に即して防衛体制を適切に確立・維持していく上でも、国民の国防意識の高揚が極めて重要です。
かかる観点から、憲法に国民の国を守る義務を明確に定めることを提言します。
2 安全保障法制の充実;グレーゾーン事態に応ずる法的整備
昨年9月の平和安全法制の成立により、平時から有事に至る事態において切れ目のない対応や限定的な集団的自衛権の行使が可能となりました。
一方で、近年の国際社会においては、非国家団体による武力攻撃や領土をめぐる局地的な武力衝突といった戦争には至らない紛争(グレーゾーン事態)が大半を占めるようになり、我が国におきましても、防衛出動を発令するまでには至らないものの警察や
海上保安庁だけでは十分な対応が取れないという事態に対して、国際法上許容される範囲で適切に対応する必要があります。
かかる観点から以下の4 点を要望します。
その第1は「警戒監視」の任務化です。これまで自衛隊が実施してきた周辺海空域における「警戒監視」は、領域警備に限らず防衛諸活動の起点となる活動ですが、対領空侵犯措置任務に基づく対空警戒監視以外の活動は、防衛省設置法の「調査・研究」を根拠にしており、活動の位置付けや権限が必ずしも明確ではありません。平時において最も重要な活動である「警戒監視」を自衛隊法第6章の自衛隊の行動として規定するとともに、第7章で警戒監視行動時の権限として、「海上における治安の維持に影響を及
ぼすおそれのある船舶(外国の軍艦、公船を含む)に対する質問権」を規定することを提言します。
その第2は「海上警備行動時の権限強化」です。海上警備行動に従事する自衛艦であっても、不法行動を行う外国軍艦や公船に対して取り得る手段は「警告」と「退去要求」を行うことだけです。このため、海上警備行動時の権限として自衛隊法第90条と
同等の武器使用権限を規定し、最低限の実力行使を可能とする体制を整備されるよう要望します。
その第3は、事態対処に際しては、相手の敵対行為や侵害の程度に応じて自衛隊が取り得る対処の限度を示したネガティブリスト方式のROEを整備しておき、政府がこのROEを活用して事態をコントロールしていく体制を整備されるよう要望します。
その第4は、「平時における限定的な自衛権の行使」を前提としたグレーゾーン事態における新たな権限を自衛隊に付与する法制の枠組みについても、様々な観点から検討を深められることを要望します。
3 日米共同防衛・国際共同行動の実効性の確保
(1)日米安全保障条約の改定検討
昨年4月に新たな「日米防衛協力のための指針」が了承されました。新「指針」は、日米同盟がアジア太平洋及びこれを超えた地域に対して前向きに貢献し続ける国際的な協力の基盤であるとの認識のもとに見直されたものであります。
日米防衛協力のための指針は、日米安全保障条約を前提にし、両国の権利・義務の上に成り立っているものです。有事における共同作戦の立案等により米軍と調整する自衛官にとって、条約上の権利・義務が明確であることが重要です。
また、この条約は、極東における国際の平和及び安全の維持を基盤としており、地域及びグローバルな安全保障環境の変化に対応させる必要があります。
かかる観点から日米安全保障条約そのものの改定についても検討が進められることを提言します。
(2)国際平和協力活動等における武器使用基準の見直し
昨年の平和安全法制整備では、自衛隊の国際平和協力活動が拡充され、国連PKO等において実施できる任務が拡大(いわゆる安全確保、駆けつけ警護)されました。
また、武器使用権限についても、「駆けつけ警護」のための武器使用や「任務遂行型武器使用」が規定されたことは大前進です。しかし、武器使用権限について、危害許容要件を正当防衛等に限定したポジティブリスト方式の規定では運用に限界があると言わざるを得ません。隊員が迷うことなく任務を遂行できるよう、先進国が採用している「行ってはならない禁止事項」を規定したネガティブリスト方式への変更を要望します。