84歳老いる雑感(70 ) 動ける時にやれることはやっておきたいと「一挙両得」の汗

   現在の毎日の生活は、やりたいこと、やらなければならないことがいっぱいあって、優先順位を決めて行動することにしている。側から見るとそんなに忙しくしてどうするのかということであろうが、周りのことはあまり気にしたこともない。高齢者の生活ほど画一的に語ることができないほど千差万別であるからだ。

    自分の84歳という年齢と体力気力からすると、こうした生活は、ここ2〜3年くらいまでであろうか、いつの日かやりたくてもできなくなり、静かな生活になっていくであろうと推し量っている。

    そこで生活行動の根底にあるものは、今後歳を重ねることに減退するであろう体力気力と意欲から「動ける時に、やれることはやっておきたい」ということから来ている。

     このため最近取り組んでいることは、

❶  終末を考えて身辺の整理をしていること

    健康面が不安で先がないとかということではなく、差し迫った危機感はまたったくないが、時間を見つけては週に何回か集中的に諸資料の整理破棄など対象物と重点を決めて処理をしている。書斎の整理もかなり進んだが、まだまだ雑物に埋もれている格好である。

    破棄するものと残すものとの仕分けを果断にやっているが、その基準に甘さが残っているせいか、まだまだ残す物の方が多いようだ。

    その上、残すものは分類整理をしたりしているから結構時間がかかってくる。その点では、自由の身であるからマイペースで処理をしている。

    最終的には、全てを無条件で容赦なく破棄すれば良いが、今のところそこまでは考えが至っていないから、中途半端ではある。

     その根底にあるのは、実際は明日とも知れない歳となったが、実感として今日・明日に自分が朽ちるとは全く考えていないところにあるようだ。人間の業というものであろうか。

    そのうちに、全部破棄したいと思っても、実際はやれなくなるかもしれない。これもまた人生というものであろうか。

❷   時折、体力を使う作業に精を出していること

    シニアクラブの責任者として、「健康広場の花ラインの整備」や「ありがとう花壇の整備」などは先頭に立って作業を進めてきた。実に体力を使う作業であるが、今のうちはできるが、数年後はきっとできなくなるであろうという予測から、やれるうちにやっておきたいという内なる思いから、きつい労働ではあるができる範囲で挑戦してきた。

    最近とみに体力が低下しつつあることを実感していることから、こうした体力を使う作業を通じて、意外にまだまだできそうだという思いが交差している。これも最後の燃焼というものであろうか。

     特に、高齢者として体力の限界に挑戦したり、意気込んでいるわけではないが、時間をかけながら段階的に積み上げる方法でやり遂げることができた。「年寄りの冷や水」と言われないように慎重に作業をし完了した。

    身体を労わりすぎないで、やってみたら身体全体が引き締まって元気になった面もある。身体とは不思議なものだ。

❸  「一挙両得」の汗を流すことに努めること

    自分のためのに行う毎日の行動の中に地域社会につながることに意識して努めることにしている。単に散歩で歩く、運動のために体を動かして汗を流すのではなく、同じ汗を流すのであれば地域社会のために役立つことをやることで汗を流すことに努めるという考え方、発想で過ごすことにしている。

    一つの行為、動作で自分の健康と地域社会に役立つことをする。言うなれば、「一挙両得」、「一事二役」の発想である。

   その具体的なことでは、ここ10年余にわたり、同じ歩くという行為、動作に、町内の会員宅に「花の会の会報」や「シニアクラブの会報」をポストに入れて配りながら歩くことを取り入れてきた。

    ただ自分の健康のために、散歩、歩くということではなく、地域社会につながる目的・行為と結びつけると結構な汗を流し、自分の健康維持になるだけではなく、地域社会、他人のため役立つことにつながっていくという事である。

    同じ汗でも、少しでも地域社会につながった一挙両得の汗となると清々しいものである。最近行なった「健康広場花ラインの整備」、「ありがとう花壇の整備」も同じ発想である。同じ汗ではあるが、自分の健康と地域社会の環境美化に多少でもつながっていくのではなかろうか。

    動ける時にやれることをやっておきたい、一挙両得の汗を流せたら、毎日が楽しく、清々しい心となるものである。

 

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《 神原町健康広場の花ライン・コスモスとヒマワリ 》