85歳老いる雑感(88) 満85歳になって思うこと

先日5月23日、満85歳となった。雑感を認めてみた。

❶  いよいよ人生の終末期に入った。

 80歳を迎えた時と比較すると、いよいよ人生の終末期に入ったという感じである。死を考えることはないが、人間の寿命は限りあるから、まあこの辺まで行けそうかなあという予感的なものはある。毎日を感謝し、一生懸命生きることにしている。不安はない。

❷   悟りや達観できずただのじじいでよい。

 高僧、修験者や仙人でないから、取り立てて人生の悟りや達観の境地に至ることはない。ただ一つ言えることは、世事は単純でなく複雑なものが絡みあっていることから、瞬間湯沸かしのように反応しないこと、短絡した思考をしないこと、じっくりと眺めること、本質や核心は何かを洞察することにしている。渦中に入らず大局的、客観的に眺めると見えてくるものがある。

❸  一病から多病息災にして、健康を保ちたい。

 身体髪膚父母に受く、両親を超える歳まで生きたから感謝あるのみである。心臓やがんなどを患ったがなんとか乗り越えてきた。

 普段は健康そうに見えても、時折あれと感じることもある。特に体力面と身体面でアチコチにガタが出てくる。80代だから当たり前である。その点は、多少のことがあっても何事も楽観的に物事を考える性格がその点を補ってくれているようである。一病から多病息災にして、健康を保ちたいと思っている。

 背筋を伸ばして堂々と歩きたい。 

 若い時から、堂々と闊歩する癖があるせいか、老人特有の姿勢には至っていない。体力はかなり落ちているが、散歩も下を向いてトボトボではなくかっこよく歩きたいと思っている。 こればかりは願望でしかないがいつまでもそうありたいと思う。

❺  車の運転は87歳前で免許返上する。

 自動車の運転は、次の免許更新期限前に、免許証の自主返納をすることにしている。身体的、注意力などから更新時に決心したことである。人間は潮時が大事だと思っているので家族にも宣言した。すべて行動は、徒歩かバスなどを想定し、そのような生活変容、生活のあり方、社会活動などに変えることにしている。

❻  のんびりと社会的活動を続ける。

 車・免許を返上したら当然のことながら、行動力、範囲など地域における社会的な活動も制約を受けて、今のように自由にどこにでも行ける状況は許されない。団体の代表なども退任することになる。町内の歩いて行ける範囲であれば、社会的な活動は参加し続けたいと思っている。

❼  趣味は続けられるだけ続けたい。

 山登りや水泳などは、いつの間にやらなくなった。写真、カラオケは今も続いている。家の近くでできることが利点であるようだ。

 これらは負担感や義務感がないから続いているのかもしれない。趣味は時間を忘れて没頭できるところが良い。体力気力と意欲がある限り続けたいと思っている。

 知力の低下やボケが迫ってくる。

 記憶力は低下、しばしばボケを感じることがある。嘆いてみても始まらないので自分の胸にしまうことにしている。毎日の新聞は読むが読書量は減ってきた。読みたい本は書棚に収まったままである。

 ブログを書いている時、不明確な事柄は書籍やインターネットで再確認することが多くなった。こうしたことで頭の回転等を行っているようである。

 最後まで尊厳と誇りをもって終わりたい。

 最後に付け加えたいことが一つあった。それは尊厳と誇りをもって己の人生を終わりたいということである。最初の救命措置は致し方ないとして、意識不明で家族と話もできず意思の疎通もない状態で生きながらえることはしたくないということである。したがって常日頃から家人には、意識がなく目覚めないままの「延命措置」はしないでくれと話している。

 世にいう「ピンピンころり」は、みんな笑うが実に的を得た言葉ではなかろうか。多くの人がそれを望むが人の命はままならないものである。

 もう一つは、誇りをもって人生を全うしたいということである。自分にとっての最大の誇りは、35年余にわたって国家防衛の任を果たせたということである。その後の自算会の仕事、地域社会等における奉仕は、誠心誠意全力であたってきた。他人の評価ではなく、己がそう思うかどうかが重要であるように思う。自分の胸にひそかに誇りを抱けることに感謝している。これはすべて周りに支えられたからである。まさに「報恩」と「感謝」の念を終生持ち続けたい。