元自衛官の時想(66) 自衛隊最高指揮官たる内閣総理大臣の訓示

 9月3日、恒例の自衛隊高級幹部会同及び自衛隊高級幹部会同に伴う総理主催の懇親会が行われた。この会同では、自衛隊最高指揮官たる内閣総理大臣訓示が行われた。

 新聞テレビ等では、訓示の要旨か、伝えるメディア側の立場でその一部分が解説付きで報道されることが多い。昭和の時代は防衛省自衛隊の全員には総理大臣及び防衛大臣の訓示の全部が伝達されるのが通例であった。こうしたことからOBとなっても関心があるのは、訓示の全文である。全文を読んで初めて全部を知ることができる。なぜ今もって関心があるかといえば、内閣総理大臣は 自衛隊の最高指揮官であるからだ。

 世界の軍隊における最高指揮官は、国家において、その国の軍隊を指揮監督する最高の権限を有する地位である。最高指揮官の有する軍隊に対する権限を、最高指揮権または統帥権と言っている。一番の代表的な例は最高指揮官のアメリカ大統領の国軍の指揮監督であろう。

 世界の軍隊における最高指揮権は憲法に明記されるのが基本であるが、わが国においては、自衛隊法に「自衛隊の指揮監督」で明確に規定されている。  

 第二章 指揮監督
内閣総理大臣の指揮監督権)
第七条  内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する。

防衛大臣の指揮監督権)
第八条  防衛大臣は、この法律の定めるところに従い、自衛隊の隊務を統括する。ただし、陸上自衛隊海上自衛隊又は航空自衛隊の部隊及び機関(以下「部隊等」という。)に対する防衛大臣の指揮監督は、次の各号に掲げる隊務の区分に応じ、当該各号に定める者を通じて行うものとする。
一  統合幕僚監部の所掌事務に係る陸上自衛隊海上自衛隊又は航空自衛隊の隊務 統合幕僚長
二  陸上幕僚監部の所掌事務に係る陸上自衛隊の隊務 陸上幕僚長
三  海上幕僚監部の所掌事務に係る海上自衛隊の隊務 海上幕僚長
四  航空幕僚監部の所掌事務に係る航空自衛隊の隊務 航空幕僚長

 国民を代表する内閣総理大臣が、自衛隊を指揮監督するにあたって、どのように考えているのか知るのは、自衛隊記念日、高級幹部会同等における訓示である。自衛官に対する訓示は一般的な受け止め方とは本質的に異なるものであり、自衛官はそのその一語一句を真摯に受け止めるものである。

 「 つねに国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくす。50年以上受け継がれる自衛官の心構えの精神を実践し、国民の負託に全力で応える諸君を、私は大変頼もしく誇りに思います。
 国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべき気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。」と述べられた。

 自衛隊員の心情に思いをはせるとき力強い訓示である。なぜならば、自衛官は国家・国民の負託にこたえるため、自分の命を投げ出しても危険を顧みず、任務を遂行するからである。各国の軍人が国民から尊敬され、それなりの名誉と処遇を受けるゆえんはそこにある。

 退官して30年になろうとする老兵は、こうした観点から総理大臣の訓示を読み直している。自衛隊の部隊・機関の指揮官に対する訓示は、高級幹部にとどまらず即全自衛隊員への訓示でもある。

 訓示の中で「全ての自衛隊員が強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは今を生きる政治家の責任だ。私は責任をしっかり果たしていく決意だ」と述べられた。

 総理大臣の強い決意に敬意を表するものである。その決意の中に、ぜひとも憲法9条への自衛隊明記を入れて欲しいものである。自衛官の長年の悲願であるからだ。

 「私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを切に望みます。」と述べられた。

 自衛隊指揮官の指揮統率の何たるかを知らない批判・論評などにとらわれず、正々堂々、毅然として、総理大臣として、政治家としての責務を果たしてもらいたいと思う。シビリアンコントロ-ルの最たるものは、自衛隊最高指揮官が常に自衛隊を掌握し、指揮統率し、政治が進むべき方向を明示し、為さねばならないことをしっかりと為すことにある。

  

 自衛隊高級幹部会同を前に、栄誉礼を受ける安倍首相。左は小野寺防衛相=3日午前、防衛省(代表撮影)  《 自衛隊高級幹部会同を前に、栄誉礼を受ける安倍首相。左は小野寺防衛相=3日午前、防衛省(代表撮影)、産経二ュース・インタ-ネットから出典 》

 

 自衛隊高級幹部会同で訓示した安倍首相=3日午前、防衛省 《 自衛隊高級幹部会同で訓示した安倍首相、産経二ュース・インタ-ネットから出典 》

❶平成30年9月3日第52回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示

 本日、我が国の防衛の中枢を担う幹部諸君と一堂に会するに当たり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。
 冒頭、この夏の豪雨災害によりお亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りします。そして、被災された全ての皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い生活の再建に向けて、全力を挙げてまいります。
 本当に頼りになった。正に知事の言葉どおり、全国から集まった最大で3万3,000人を超える諸君が、炎天下、行方不明者の捜索、道路の啓開、支援物資の輸送、給水や復旧作業、入浴や給食の支援に当たりました。
 少しでも早く被災者を救いたい。その一心で、隊員諸君は、土砂降りの中、濁流につかり、重い泥をかき分け、実に2,284名の命を救いました。
 私も現場にあって、被災された方々から自衛隊への感謝の声を数多く伺いました。涙を流す方もおられました。自衛隊は、被災された皆さんに寄り添い、心の支えとなった。間違いなく被災地の力となった。
 今後ともリーダーたる諸君が先を読んで判断し、先手先手で柔軟に事に当たっていくことを期待しています。
 遠く灼熱(しゃくねつ)のソマリア沖・アデン湾にあっても、世界の平和と安全のため、今日も隊員たちが汗を流しています。24時間、365日。国民の命と平和を守るため、極度の緊張感の中、最前線で警戒監視に当たる隊員たちが、この瞬間も日本の広大な海と空を守っています。東シナ海では、北朝鮮に対して国連安保理決議の完全な履行を求めるべく、自衛隊の総力を挙げて、瀬取り防止のための監視を行っています。
 つねに国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくす。50年以上受け継がれる自衛官の心構えの精神を実践し、国民の負託に全力で応える諸君を、私は大変頼もしく誇りに思います。
 国民のために命をかける。これは全国25万人の自衛隊員一人一人が自分の家族に胸を張るべき気高き仕事であり、自分の子や孫たちにも誇るべき崇高な任務であります。
 幹部諸君。それにもかかわらず、長きにわたる諸君の自衛隊員としての歩みを振り返るとき、時には心無い批判にさらされたこともあったと思います。悔しい思いをしたこともあったかもしれない。自衛隊の最高指揮官、そして同じ時代を生きた政治家として、忸怩(じくじ)たる思いです。
 全ての自衛隊隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。
 我が国を取り巻く安全保障環境は、5年前に我々が想定したよりも、格段に速いスピードで厳しさを増しています。あるがままを見つめ、国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、最善を尽くさなければならない。
 私は、総理就任以来、現実を直視した安全保障政策の立て直しを進めてきました。しかし、これまでの成果の上に安住することは許されません。
 今や、サイバー空間や宇宙空間、さらには電磁波の領域など、新たな領域で優位性を保つことが、我が国の防衛に死活的に重要になっています。もはや、陸・海・空という、従来からの区分にとらわれた発想のままでは、この国を守り抜くことはできません。宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を横断的に活用した防衛体制への変革は、もはや待ったなしです。新たな防衛力の完成を10年や15年かけて実現するようなスピード感からは、完全に脱却しなければなりません。
 幹部諸君。今までの常識はもはや通用しない。これまで諸君が培ってきた優れた知見の上に、過去にとらわれることなく、現実、そして未来に目を凝らしてほしいと思います。
 この冬に策定する新たな防衛大綱は、我が国の安全保障の将来を決定づける、極めて重要なものとなります。安全保障の現場を熟知する幹部諸君は、変化し続ける現実を直視し、真に必要な防衛力の在るべき姿について、これまでの延長線上ではなく、大局観ある、大胆な発想で考え抜いてほしい。新たな大綱が、今後の我が国の防衛政策の確固たる礎となるよう、全力を尽くしてください。
 私も国民も、諸君を頼りにしています。このことを肝に銘じ、職務に一層邁進(まいしん)してもらいたいと思います。
 一昨年、そして昨年と、私は、適者生存という言葉と共に、組織はしなやかでなければならない。女性活躍はその試金石である、と繰り返してきました。本年8月、女性初の海賊対処部隊の指揮官が誕生しました。遠くソマリア沖・アデン湾、最前線の現場で、今日も部隊指揮に当たっています。女性初となるF-15戦闘機のパイロットの誕生もうれしいニュースです。統合幕僚監部では、新たに小野打泰子(おのうちやすこ)空将補が報道官となり、7つある部長級将官ポストのうち、2つが女性によって担われることとなりました。女性が活躍できる場は着実に広がっています。これからもその歩みを止めず、意欲と能力のある女性隊員の登用を積極的に進めてください。
 今、我が国は、少子高齢化という、国難とも呼ぶべき社会構造の大きな変化に直面しています。防衛省自衛隊においても、男性、女性を問わず、育児や介護により、時間や移動の制約のある隊員が増えていく中、全ての隊員が能力を存分に発揮し、働き続けられる環境をつくることは、喫緊の課題です。防衛省自衛隊が、国民の命と平和な暮らしを守るに足る精強な組織であり続けるために、今こそ働き方改革を断行しなければなりません。長年定着した組織文化を変えることは容易ではありませんが、徹底的に仕事のやり方を見直し、確実に改革を前に進め、成果を出していく必要があります。その成否を左右するのは、ここにいる高級幹部の諸君一人一人の強いリーダーシップにほかなりません。長時間労働の慣行を必ず打ち破る。大いに期待しています。
 困難なときこそ、真価が問われると言います。厳しさを増す我が国周辺の安全保障環境、かつてないスピードで進む少子高齢化は、正に諸君の力が試されるときであります。
 幹部諸君。国民の命と平和な暮らしを守るという重責をかみしめ、気骨を持ち、前例にとらわれることなく絶えず自らを変革し続けることで、この難局に立ち向かってください。私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、ますます精励されることを切に望み、私の訓示といたします。

平成30年9月3日
自衛隊最高指揮官
内閣総理大臣 安倍 晋三

《 首相官邸インタ-ネットから 》

 

❷平成30年9月3日自衛隊高級幹部会同に伴う総理主催懇親会  

挨拶する安倍総理2の写真を表示

 平成30年9月3日、安倍総理は、総理大臣公邸で自衛隊高級幹部会同に伴う総理主催懇親会を開催しました。

 総理は、挨拶で次のように述べました。

「本日は、25万人の自衛隊員を代表される皆様と懇談する機会が得られたことを、大変うれしく思います。また、24時間、365日、今この瞬間も厳しい環境の下で黙々と任務に当たっている隊員の皆さんに、改めて敬意を表したいと思います。同時に、隊員の御家族の皆様に、この場を借りて心から感謝申し上げたいと思います。
 今日はもう一つうれしいことがあります。ジャカルタで開催されたアジア大会で、自衛隊は金メダルを3個、銀メダルを3個、銅メダルを2個獲得してくれました。2020年、東京での活躍も大いに期待しています。
 さて、この1年間、私も、様々な自衛隊の現場を訪れる機会がありました。
 舞鶴では、最前線で弾道ミサイル警戒に当たるイージス艦みょうこう。首都圏に展開するPAC-3部隊。そして、重圧の中、任務に当たる皆さんの、誇りと責任感をひしひしと感じました。総理として初めて視察した特殊作戦群は、その練度の高さに目を見張りました。事柄の性質上、これ以上の感想は差し控えなければならないのは大変残念なことでありまして、私が何に驚いて、何に感動したかということは、差し控えさせていただきたいと思います。その際、第1ヘリ団による、地を這(は)うように飛行するヘリコプターの機動旋回の体験は、どうやら秘書官が手加減するなと言ったらしくて、正に手に汗握るものでありました。さらには、江田島の歴史ある学び舎(や)の清廉なたたずまい。最新鋭のC-2輸送機にも搭乗し、C-2による史上初の羽田空港への着陸を実現しました。
 横須賀では、自衛艦隊司令部と掃海部隊。そして将官艇で水路を渡って訪問した潜水艦では、魚雷の上に据え付けられたベッドで、正に身も心も涼しくなるような、究極の隙間の有効活用を肌で感じました。あそこで寝れるんだったらどこでも寝れるな、そう思いましたね。
 7月の豪雨災害では、4回にわたり、自衛隊の活動する現場を視察しましたが、毎回現地を案内してくれた岸川中部方面総監の顔は、会うたびに黒さを増していました。文字通り陣頭指揮に当たる指揮官、目も眩(くら)むような炎天下で士気高く献身的に活動する多くの隊員の皆さん、いずれの現場でも全力で任務に当たる自衛隊員の姿がありました。
 私は、内閣総理大臣の最も重要な責務は、国民の命を守り、平和な暮らしを守ることだと考えています。この最も重要な責務を支える皆さんとは心を一つにしてしっかりと力を合わせていきたいと思います。
 本日は短い時間ではありますが、皆さんと親交を深め、我々の団結が一層強固なものとなるようにしたいと、このように思います。これをもって私の挨拶は閉じさせていただきたいと思います。ありがとうございました。」

《 首相官邸インタ-ネットから 》