老いる雑感(32)  おのれの終活と墓の在り様

 操縦学生1期生の同期会で必ず話題になる一つに.墓をどうするか上がってくる。すでに80歳を過ぎた者同士の集まりでは当然といえば当然のことであろう。

 近年、少子高齢化核家族社会を迎え、墓のある人、ない人にとっても大きな変化を迎えようとしている。昔のように先祖代々の墓があって、それを幾代にもわたって守り継いでいくことが難しい時代に差し掛かっているからである。

 同期の中には、全く墓のない者、すでに墓を持っている者、墓だけを確保している者、どうしようかと考えかあぐねている者、全く墓を持たないと考えている者などとさまざまである。

 既に逝ってしまった同期2名は、それぞれ、さる寺院の永代供養塔に祭られている。永代供養墓は、宗派を問わず、無宗教でも、一人でも夫婦でも申し込めるようになっているからだ。同期や後輩の中には、生前に遺言として、海への散骨を行ったものもいる。その在り様はさまざまである。

 また、近年は葬儀や墓にお金がかかるもの、将来にわたってお金がかかるものは、できるだけ避けたいという考え方が強くなっている。これらの背景には、個人の人生観・家族観・宗教観などや家族構成、先祖との関係、永住地の状況が根底にあるようだ。

 わたくしは、菩提寺を決めて、墓を持って供養している。今後、その路線を進むことにしている。80路坂を上るには自分の終活をどのようにするか、避けて通れないものとなってきた。結論は夫婦・家族と話し合って自分の考えで進めばよいではなかろうか。