元自衛官の時想(18) 日報問題と防衛省・自衛隊の対応

    朝鮮中央通信は7月29日、北朝鮮が28日夜に大陸間弾道ミサイルICBM)「火星14」の2回目の試験発射を実施し、成功したと伝えた。北朝鮮のミサイルの発射は、陸自の日報問題で、防衛大臣辞任の間隙を突いたかのようであり、発射の度に性能・精度が向上しているものとみられている。

    こうした国際の厳しい軍事情勢下でも、国内は政争に明け暮れ、森友学園、加計獣医学部問題など、国会はことの本質とはかけ離れた枝葉末節のことがらで揺れ動いた。 

❶ 陸自PKO派遣部隊の日報問題を巡る特別監察

    陸自の日報問題については、7月28日防衛省から平成29年3月17日から実施した特別監察果が公表されたので、「平成29年3月17日から実施の特別防衛監察結果関係(防衛監察本部ホームページ)」によって報告書の全文を確認した。 

 新聞各紙によって、ほぼ全文、要約のものに分かれるが、何事も一番知りたいのは報告書の全文であった。いつの場合もそうであるが、報道メディアの立場で報道の仕方や報告書内容の受け止め方、解釈がかなり分かれている。偏向報道という言葉があるごとく、記事内容は眼光紙背に徹すで熟読吟味が必要であろう。

 今回の南ス-ダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題は、防衛大臣、防衛事務次官陸上幕僚長の辞任にまで発展したが、問題となった日報は、陸自で見つかるよりも先に統合幕僚監部が公表ずみのものであった。

 報告書では、デ-タの防衛大臣関与は不明、非公表は事務次官陸自の判断、ことの発端は日報開示が部隊の安全危惧にあったと要約できる。

 特別監察報告を機に、防衛大臣の隠蔽関与の有無から指揮統率、文官統制なとがとりあげられている。 なぜ防衛省陸自の保管を非公表にしたのか。誤った判断に至った背景や原因はどこにあるのか、この問題の根っこは何なのかの議論が欠落しているように思うがどうであろうか。

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《 平成29年7月29日産経新聞 》

❷ 情報公開の不手際が国民の信頼を損ねく事態の生起

    日報問題の発端から特別監察に至るまでの経過を見ると、そこに国家機関として、軍事秘密でない限り、活動状況を適時適切に 、国民に積極的に情報を公開し知らせることは当然の責務であろう。

     特に、国家防衛の骨幹をなす自衛隊は、国民の理解と支持無くして成り立たないことは自明の理である。今日、情報公開は当たり前の時代となっている。 国家の安全に著しい害を与えるものを除いて一般的には公文書は公開されることになる。日報の非開示の判断は誤りであった。

❸ 政治的なしわ寄せに翻弄されるPKO

    国民の絶対的な支持を得ている自衛隊も、国連の要請に基づくPKO派遣部隊は、わが国の厳しい派遣5原則の制約を受けながら、各国軍隊の国際基準との格差に悩み、苦労しながら任務を遂行してきた。過去の派遣部隊の指揮官の派遣記などを読むとその辺の苦労を拝察することができる。

  自衛隊が、国連平和維持活動(pko)に参加する際の条件・5原則は次のとおりである。

(1)紛争当事者間で停戦合意が成立していること、(2)当該地域の属する国を含む紛争当事者がPKOおよび日本の参加に同意していること、(3)中立的立場を厳守すること、(4)上記の基本方針のいずれかが満たされない場合には部隊を撤収できること、(5)武器の使用は要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること、の5項目で、それぞれPKO協力法に盛り込まれている。 

    国際的に評価の高い自衛隊の派遣部隊であったが、PKO派遣部隊指揮官の体験記に見られるように、現場での部隊活動及び各国派遣部隊との連携などで、法制上の不備が派遣部隊に過度の負担を課してきたことが認められる。こうした反省教訓の上に立って、先の駆け付け警護など安全保障法制の充実で体制固めは一歩前進した。

 このように、自衛隊のPKO派遣に当たって、諸問題が生起したならば、政治が責任をもって解決していく必要がある。諸問題の背景には、つまるところ、自衛隊の位置付けが国家の基本法である憲法に明記されていないことから、第一線部隊の現場の報告書一つが、時の政治情勢や政争によって自衛隊の骨幹に大きな影響を与えることがあることである。

    世界の軍隊で、今回の派遣部隊の活動報告である日報程度のことで、揺れる事例はないであろう。ましてや胸を張って活動報告をするのが通常である。恥ずかしい限りであるが、報告書に「戦闘」という用語があるだけで、鬼の首を撮ったかの如く大騒ぎをし、政争の具に使われる。これがわが国の実態である。

    世界各国において、軍事の世界ではごく当たり前の「戦闘」「戦闘地域」など「戦闘」という用語の定義や解釈をことさらしなければならない自衛隊の立場が、第一線の部隊と言えども、報告書一つに細心の神経を使わなければいけない事態が問題であることを知る必要があるのではなかろうか。

 こうしたことは、与野党を問わず政治が解決しなければならない課題を、第一線の派遣部隊にしわ寄せされている状況にあるということである。問題の本質は突き詰めていくと、自衛隊の存在が憲法に定明文化されていないところにあることを見逃しているところに問題の根源があることを強く指摘するものである。

❹ 自衛隊では「戦闘」等軍事用語は日常に使っている  

    自衛隊では、軍事組織である限り.「戦闘」「戦闘訓練」「戦闘報告」「戦闘詳報」という用語は日常的に使っているといって過言ではない。そこには小難しい理屈や厳密な定義や法律的な解釈を考えて使っているわけではない。一般的な用語として隊員すべてが、何の疑問もなく使用している言葉である。第一線部隊は上級部隊への報告にあたって、厳密な法律な立場や政治的な配慮をしてこの用語を使っているわけではないからである。

     世界各国は国家の基本として軍隊の保持を国是としているのが普通であり、国家の基本法たる憲法に国軍の保持を明記している。したがって、国民は軍事や軍隊用語への共通の理解がある。 世界を見渡して軍組織において各国で全く起こり得ないことが、わが国では起っている。

❺  活動報告記録はしっかりと保存し今後の活動の資とする

 昭和の時代、35年余の自衛隊の各級司令部勤務で、幕僚としてしっかりと報告書等で作成記録をしてきた。個人においても日記等をつけてきた。当たり前のことである。自衛隊の部隊が毎日の活動状況を上級司令部に報告するのは当たり前のことで、上級司令部の指揮官はこれらによりはl隷下部隊の状況を把握することができる。各種の報告等はすべて規則等で明示し確実に実施されている。

 また、活動報告記録は、今後の部隊任務遂行上の教訓・反省の資とするものであり、再び作ることのできない貴重な資料等となるものである。宝と言ってよいものである。特に、海外における諸活動は新しい活動分野であり、報告書の分析検討と教訓の積み重ねにより、部隊運用、活動上からも得難い資料となるものである。

 今回の日報問題で、毎日の活動報告がおろそかになったり、内容に忖度が行われるようになってはいけない。事実を正確に記録し報告することが求められる。

 基本的には、対外的な発表は、現場部隊の諸報告に基づき最高司令部が全般状況と合わせて要約整理し公表するのが原則であろう。

 貴重な活動記録を破棄するという方向より長期にわたって保存し、より広く活用する方向が求められている。 

❻ 国家国民の負託にこたえる堂々たる自衛隊の任務遂行

 今回の日報問題に関連して、防衛省自衛隊をして、PKÒ派遣部隊の活動報告などにおいて、自衛隊のおかれた国内情勢から政治的な配慮や忖度が行われることを恐れるものである。国民に対する活動状況の積極的な広報はもとより情報公開は当然のことである。

 自衛隊は国家・国民から負託された使命を遂行している。正々堂々と胸を張ってひるむことなく 任務の遂行にまい進してもらいたい。問題が生起した時は、政治の解決にゆだねるのみである。これが政治と軍事の在り方である。政治が問題解決を怠れば、国民は批判し、正しい方向を必ずや示すであろう。

    また、第一線で黙々と任務を遂行している隊員のためにも、防衛隊大臣をはじめ内局 、統合・各幕僚監部及び作戦部隊の最高司令部は、適時的確な判断処置を行い、積極的に活動状況を広報し、国民に安心感を与える責務がある。