老いる雑感( 21 ) 二本の足と膝の衰え 

  1.  脚・膝からくる

    テレビのコマ-シャルではないが、歳をとると、一般に脚から衰えるといわれているが、まさにそのとおりと実感している。その最たるものが歩くたびに膝が痛くなるということであろう。膝が痛いと歩くのがおっくうになる。歩くことが減っていくことが続けば、自然に歩かなくなるから筋力が衰えという悪循環が始まることになる。衰えの代名詞のように「脚から来る」は、まさしく「膝から来る」といってもよかろう。 

2.  まず歩いてみよう

   月初めには、いつものごとく墓参りをした。洞雲寺の山門の掲示は、「先ず歩いてみよう 二本の足で」であつた。

    含蓄のあることばである。何事もまず始めること。人の力を借りず、自分の足で歩きはじめること。自分の足で歩くこと。歳をとって膝が痛いのどうのと、 アレヤコレヤと考えてばかりいないで、歩き出せば、意外に物事は進むものである。

 赤ん坊の歩き始め、人生の節目のスタ-ト、仕事始めなどそれぞれの立場で解釈することができる。自分の意志・意欲が行動の源泉であるから「歩こう」という意志・意欲が充満しているうちは大丈夫である。

3.   自力で歩く

   高齢者にとっては、脚から来るは「老いる証」でもある。老いていくからこそ、多少のつらさはあるであろうが、自分の二本の足で歩くことが求められる。

    歩くことを止めることは、人間を止めることに繋がるからである。若い時の颯爽とした歩きは取り戻すことはできないが、自力で歩くことが家人に迷惑をかけない生活を継続するのに必要不可欠である。

    80歳を過ぎ老いるに連れて、歩けることのありがたさを、身を以て感じるこの頃である。二本の足がある限り消極的になることはない。自分の足で 歩み続けたい。

 

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《 浜松市西区神ケ谷町洞雲寺山門の掲示「まず歩いてみよう二本の足で」 》

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《 6月1日浜松市西区神ケ谷町洞雲寺山門の掲示 》