昭和の航空自衛隊の思い出(46)  目指す理想の先任空曹に出会う

1. 総務課先任空曹

    昭和32年4月整備学校へ整備学生要員として所属するも、総務課のお手伝いをしているうちに、縁あって正式に学校総務課員となった。

 総務課先任空曹は、着任した当初倉持四郎1曹から福田正雄1曹に変わった。福田先任は、私と同郷の鳥取県出身で、この出会いが私の人生に深くかかわることになった。

 35年余の自衛隊生活で最も尊敬する先輩空曹を挙げるとするならば、今もって「福田先任」以外にないであろうと確信する。旧軍歴のある錚々たる校内各部課先任中の大先任で、その力量たるや人格識見・実行力・統率力・指導力・上司の補佐等抜群で、空曹・空士を束ねる存在力は「部隊等における先任空曹のあるべき理想像」の人であった。

 

2.   先任空曹の あるべき姿

    昭和32年8月空曹昇任試験を受けて、3曹に昇任して以来、身近に「これぞ先任空曹中の先任」と評価された福田正雄1曹のような人物に接して、私の将来目指す「先任空曹のあるべき姿」はこの人だと確信した。

 その後、昭和34年2月2曹になり、1年経過後部内幹の受験資格が出来て選抜試験に挑戦した。昭和35年2月第23期一般幹部候補生(部内)・1曹に任命され幹部への道を歩むことになった。部隊経験を積み、部下を持ち、今度は、「航空自衛隊の求める先任空曹はかくあるべし」との「先任空曹のあるべき姿」追求するようになった。

 その原点と骨格は、やはり空曹時代に抱いた、福田正雄先任空曹のような人材こそ、間違いなく航空自衛隊が求める「先任空曹のあるべき姿」だと確信した。

 部内出身幹部として、人事幕僚として、「航空自衛隊の先任空曹の役割・位置づけの確立」「航空自衛隊の空曹の役割・地位の向上」は自衛官生活における私の大きな命題と考え、制度面の確立にあらゆる場面で強調し取り組むことになった。

 自衛隊生活35年余の中で、約25年間は、各級司令部人事幕僚、部隊等や教育現場で「先任空曹の役割・在り方」を論じたり、小冊子を作成し呼び掛けたものであった。

 その原点・理想像は、敬愛する福田先任をイメージしたものであった。

 

3.   現在確立された准曹士先任制度 

 今日、三自衛隊ともそれぞれの歴史を有する曹の最上級先任制度が確立されている。古来軍隊の骨幹・命脈は、幹部(将校)・准尉・曹(下士官)の存在にかかっている。

 航空自衛隊の准曹士先任制度は、今や大きな役割を果たしていると伺っている。航空自衛隊・各基地・部隊のホ-ムぺ-ジを開いても、指揮官と准曹士先任の挨拶が掲載されている。昭和の時代目指したものが結実している様子を知るにつけその発展を願ってやまない。

 このブログでも、昭和の時代にどのように取り組んだか取り上げてみたいと思っている。自衛隊の歩みも部隊・隊員の一歩一歩の積み上げではなかろうか。

 

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 《 昭和32年  在りし日の先任空曹福田正雄先輩、終始先任空曹としての役割を立派に果たし堅持された。名声や階級・地位を求めず、全隊員から尊敬され組織の礎となる最上級の空曹自衛官の一つの生き方を身を持って教示された。昭和56年4月退官され、昭和59年3月21日63歳の天寿を全うし逝去された。御冥福をされお祈りします。合掌 》