昭和の航空自衛隊の思い出(23) 今までの人生において感銘を受けたこと

その時何を考え立ち向かったか      

    昭和の航空自衛隊の全体像を私ごときが語ることなど毛頭考えてもいないし、出来ることではない。
    大組織にあって、一隊員の勤務経験などたかがしれているが、私が歩んだ足跡を基軸に自衛官人生を綴ることはできる。
    その主点は昭和の航空自衛隊に勤務した当時を回想し、自衛官の勤務経験と生活を軸に、どのように勤務し、どんな問題と取り組み、何を考え、行動したか。どんなことに悩み、立ち向かったかなどを「昭和の航空自衛隊の思い出」として綴っている。
    「今までの人生において感銘を受けたこと」は、今から25・6年前の航空自衛隊の定年退官(平成2年4月)が近づいたころに記した所感である。
     人生で感銘を受ける事柄は、数えきれないほどあるが、自分の人生に影響を与えたことの中で二つだけ取り上げたものである。それは少年時代の鈴木治文先生と自衛隊で副官としてお仕えした中部航空警戒団司令兼入間基地司令白川元春将補である。お二方ともすでに鬼籍に入られた。 
 鈴木治文先生については、羽合中学の時代思い出(こころのふるさと(20)・(21))で記したので省略する。帰省の折、仏前にご報告しお別れした。
 私にとって中部航空警戒団司令兼入間基地司令白川元春将補の副官経験は、あらゆる面で貴重な体験であり、新しい世界が開けていった。上級部隊指揮官・将官の立ち振る舞い、言動、指揮統率の在り方、業務運営、幕僚の使い方、緊急事態の対処、基地対策のほか接遇など数えられないほどであった。
 航空幕僚長となられて、私が勤務していた基地・部隊視察の折は、分刻みのスケ-ジュルであっても、副官だった私を呼んでくださり、顔をお見せると「おお元気か」と微笑んでおられたのが目に浮かぶ。自衛隊における出会いは、上下にかかわらず不思議なご縁である。その機会を生かすかどうかはわが心、胸三寸にあった。 
 閣下の告別式には上京し参列させていただき、近況と御礼を報告しお別れした。
 ご冥福をお祈り申し上げます。合掌
 
 「今までの人生において感銘を受けたこと」
 人生とは、人との出会いの日々である。当年満54歳の我が人生において、特に感銘を受け、有形無形の感化を与えてくれたことの二つをあげてみたい。
1.中学時代の恩師鈴木治文先生の教育への情熱と献身
 小学校から高校を通じて最も私の人生に大きな影響を与えた先生は中学時代の恩師鈴木治文先生である。当時先生は師範学校を出たての青年教師で国語を担当される傍ら野球部の監督をされ、教育にそそぐ情熱と献身的な姿はまさに寝食を忘れるといって過言ではないほどのものであり、少年である私の胸にずっしりと響くものがあった。
 鈴木先生に対しては、勉学に運動に真剣にぶつかっていき、手ごたえのある充実した中学時代を過ごすことができた。そして自分がいつの日か教育に従事することがあれば、鈴木治文先生のような先生になりたいと夢見たものである。
 鈴木先生は、数年前鬼籍に入られたが、自衛隊で教官職の配置についたり、部下の育成や教育指導に従事するとき、私の行動の基準となり勇気づけられた。種を蒔けばいつの日か花開き実が結ぶ日が到来するものだ。
 
2.自衛隊副官時代の団司令白川元春空将補に学んだこと
 私が部内出身で佐官まで進み各級司令部で勤務することができた原動力は、かって中部警戒管制団司令兼入間基地司令白川元春将補の副官としてお仕えした時代の感銘・感化であると確信とするほどである。
 白川将補は、後年、航空幕僚長、さらには自衛官の最高位である統合幕僚会議議長まで栄進された。智将として優れておられるのみならずユ-モァあふれた人間味豊かな将官であられた。
 団司令の副官の役割は、団司令の庶務的事項を担当する。じかにお人柄に触れることができ、あらゆる面で学ばせていただいた。
 特に、感銘を受けたことは、高級幹部自衛官としての人格識見のほか、私書簡があれば直ぐに返信する。友人を大切にする。お世話になった人にはすぐ礼状を出すなど上位の階級に進めば進むほどそれを深められたことである。
 私は、その後、これだけは実行しようと決心し、お世話になった人には必ず礼状を出す、手紙をいただいた方には直ちに返信するなど20年来忠実に実行してきた。
 その原点は、白川団司令の平素の何気ない行為が、私の胸に深く響くものがあり、私に与えて下さった財産であると思うようになった。閣下は私の心の教師であり、尊敬する将軍であった。
 

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 中部航空警戒管制団司令兼入間基地司令白川元春空将補の着任式・昭和42年7月16日、よく「俺は雨男だ」といわれた。1918年(大正7年)1月2日 - 2008年(平成20年)8月18日)、陸軍航空士官学校卒業(51期)、 陸軍大学校(58期)、第11代航空幕僚長、第8代統合幕僚会議議長。 男爵陸軍大臣・白川義則の三男。》
 

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《 中部航空警戒管制団司令兼入間基地司令の副官(2尉・32歳)として勤務した。副官飾緒着用、副官飾緒は渉外事務を行う時に着用するもので、航空自衛隊の場合団レベル以上の副官が対象で訓令等で規定されていた。》