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昭和の航空自衛隊の思い出(329)   自衛隊勤務における指揮官職と幕僚職

1.    指揮官職と幕僚職

 自衛官勤務において、幹部に任官後の補職・配置は、指揮官職に配置されることなく、ほとんどが幕僚勤務であった。いっぱう、退官した後の人生では,仕事も地域社会の活動においても自衛隊式にいうならば指揮官職を主として歩むことになった。そこが人生の面白いところというべきであろうか。不思議なところでもある。

    自衛隊勤務では、主として幕僚勤務となったが、一幕僚・班員となったのは航空総隊司令部及び航空方面司令部と航空幕僚監部の一時期のみで、大部分は部長・科長・班長という立場で数十名の部下を束ねることになった。

 従って、指揮官に対しては幕僚であるが、部・科・班という組織では人数の大小にかかわらず指揮官と言う立場と考え方で通してきた。言うなれば幕僚であり指揮官であることを常に使い分けてきたとも言える。指揮官に与えられた法的かつ厳粛な部隊の指揮権行使ではないが、常に両方を経験しながら勤務したことになるであろう。

 自衛隊勤務では、次々と指揮官職を登っていく者でも幕僚職と指揮官職の双方を経験しながら昇進し、階段を上るがごとく階級に応じた資質能力を高めるものでもある。よく「補職は人を育てる」と言われる。まさしくそうであった。

2.幕僚道

 前回、先に取り上げた田中憲明西警団司令自筆の「統御道」と一緒に、「幕僚道」についても同じか所に綴じられていた。いずれも「道」という点から綴ったのかもしれない。直轄部隊長会議の席上で配られたのか、どこで入手したのか記憶が定かでない。   

 内容からすれば群レベルの幕僚に示した幕僚道であるように思われるが、幕僚勤務が主であったことから、実に幕僚の本質を突き、あるべき幕僚の道・真髄を的確にあらわしていると思う。

 西警団司令部人事部長としてお仕えした当時の団司令正信恭行将補及び田中憲明将補は指揮官として硬と軟の両面を持ち優れた指揮官であったと今日に至るも強い印象が残っている。また、副指揮官の在り様は、特に副司令の早田匡之1佐に学ぶところが多く敬愛してやまなかった。こうした面では幹部任官以来、お仕えした上官に恵まれた一人と言えるであろう。

 

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《 「統御道」と一緒に「幕僚道」がつづられていた。》

3.補職が人を育てる経歴管理

    自衛隊では、幹部の場合、指揮官職、幕僚職、研究職、教官職など様々な配置がある。どの職務配置でもこなせる人とどちらかというと〇〇職などに向いている者もいる。なかなか難しいことであるが、補職配置を重ねていくうちにあまり向かない職というものも見えてくる。 人間には職務の特性及び内容によっては向き不向きがある場合もある。性格・資質・能力等からくるものであろう。

   しかし、多くの場合、人は意外に多様性と順応性を持ち合わせている。あまり〇〇タイプといっぱう的に決めつけないほうが良いこともある。日頃は目立たない幕僚でも緊急対処等や別部隊で抜群の指揮、処理能力等を発揮することがあった。

    幹部の場合は、長期の計画的な人事管理・経歴管理の過程で様々な能力が試され、錬成され、向上・発揮されていくものだ。昔から「補職が人を育てる」と言われるゆえんである。

 

4.   指揮官職と幕僚職についての現在の所感  

 航空自衛隊における経歴管理は、適切であったものと思う。自分では指揮官職の方が向いていたように思い願望したが、幕僚職が主であり、結果的にはかなわなかったが全く不満もなかった。その分、退官後、一般社会でたっぷりと指揮官職を経験することになった。人生とはそんなものであり、それでよいのだと思っている。

  人生80を過ぎてみると、自衛隊における35年余の勤務経験、退官後の15年余の第2.の人生と言われる仕事、更には25年余の地域社会の自治会活動など多種の諸活動を通じて総括すると、過去において地位や階級が上がったとか、役職・職位がどうであったとか、財産を築けたかなどの外形的なことは、人生の終末においてはさほど重要ではないと思うようになるものである。最終的には最後までいかに健康で終わることに尽きる。

  どんなボストや仕事であっても、自分の信念や信条に基づき家族のため、会社のため、組織のため、地域社会のため、国家・国民のために、その時のおかれた立場で精一杯頑張って、自分の心の中に悔いのない、充実感と満足感を持てたかどうかであるように思う。その時だけではなく終生その思いが残るかどうかであるように感じている。

    今となっては、生まれ変わらない限り再び挑戦するとこはできない 、やり直しはないからこそ見えてくることがある。

    そうした点からは、自衛官はどんな配置・職務であつても、国家・国民から与えられた使命を果たすことになる。自分に与えられた職務をやり遂げたという内なる誇りと充実感・満足感があれば悔いはないものだ。