浜ちゃん日記 台風一過と戸外で身体を動かす

 超大型で強い台風21号は、本日23日午前3時ごろ、御前崎市付近に上陸し、静岡県内全域にわたって激しい雨と強風が襲った。その後、関東を横断し東北海上へ抜けた。

 衆議院議員総選挙の開票状況は、22日午後8時から本朝1時くらいまでテレビで視聴し、日本の行く末に思いをはせた。厳しい内外の軍事外交・経済・社会状況を乗り切るには、国民の圧倒的な支持を得た強い政権が求められており、期待通りの選挙結果の大勢を見届けてベッドに入った。

 深夜の台風は、締め切った部屋からも叩きつける雨音と時折ゴォ-と強風が窓を震わせた。一夜明けると快晴で、昨日までの長雨が吹き飛ばされたようであった。

 台風の被害状況は、家の周りは事前に整理しておいたので特異事項はなかったが、家庭菜園の野菜類はかなり被害を受けた。月曜日は定例のシニアクラブのグラウンドゴルフがあるので、健康広場に出かけて現場の状況確認をし実施を決定した。

 定刻には12名の会員がそろいプレイをしたが、台風の余波はやや強い風が吹いたりしたので、実施範囲の縮小、コ-スの変更等をして実施した。ロコモをやり、プレイをした。

 久しぶりに晴天に恵まれたので、10日間ほど手が付けられなかった花畑や健康広場の花木の整理を3時間余した。気温も高くなく作業もはかどり、身体も動かし引き締まった。

 :元気に外で運動を楽しみ、花ボランティア活動で身体を動かし健康に資することができることに感謝した。

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シニアクラブ(104) シニアクラブ神久呂連合大会

 10月22日、超勢力の強い台風21号の接近と一日中雨が降り続く悪天候の中、シニアクラブ神久呂連合大会が大久保会館で開催された。神原町シニアクラブは27名が参加し、当初から車7台を動員して分乗し、衆議院議員選挙の投票を済ませて、午前10時までに全員会場に集合した。開会までにロコモを行った。

 式典およびアトラクションも順調に進行し、午後3時ころには全員無事に帰宅した。台風の接近通過に備えて戸締りをし家の中で過ごした

    衆議院の総選挙は、政権選択と国家の進路を国民に問うものである。深夜まで開票結果をテレビで見守った。民主主義のもとにおける国民の審判はくだった。

山門の人生の教示 裸になって一から出直すと決めたら心は軽い

  毎月1日と15日は天竜山洞雲寺にある墓参りをしている。山門掲示板には道しるべが掲示されている。示唆に富んだ言葉である。

 人生航路においては、順風満帆の勢いに乗った晴れの日ばかりではない。大嵐や荒波にもまれ難破したり、失敗・破綻・挫折の危機的な状況に直面することがある。そこまでいかなくても、精神的・肉体的に不安・苦悩に陥ることがあるものだ。

 誰もが多かれ少なかれ、この世に生を受けてから息を引き取るまでの間にはいろいろなことを経験し、再び立ち直り人生を歩むものである。人間は生きていかなければならないからだ。

 「裸になって一から出直すと決めたら心は軽い」この言葉は、置かれている立場によって受け止め方が異なるが、どんな場合でも、再起するには「裸になって一からやり直す」覚悟と固い決意が必要であることを示している。

 裸にるなど言葉では言えても、いざとなれば、人間は他人とのしがらみ、見栄・虚勢と甘え、恥と外聞、義理と人情、名誉とプライドなど言うは易くとも、己の心は許さず、断ち切れないものだ。裸になるということはまずすべてを捨てるということである。裸になったつもりが、実際はちょっと衣を脱いですぐに衣をつけ、裸になっていない場合が多いものだ。人間の弱さであり業というものであろう。

 若い時代の失敗や挫折は立ち直れ、やり直しがきくが、後期高齢者となっては、人生のやり直しがきかない。後がないのである。誰でも、他人のことは見えるが、自分のことは見えないものだ。残された人生を己の心に恥じないように生きていきたいと思っている。

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《 浜松市西区神ケ谷町 天竜山洞雲寺山門の10月掲示 》

浜ちゃん日記 長雨と超大型台風の接近

 ここ10日ばかりは雨が降り続いて、いつやむのかと思っていたら、今日の午前中は曇りがちながら久しぶりに天気が良かった。日中の気温も相当下がっていたが、時間が刻々と進んでいくうちに再び小雨が降ってきた。午前は買い物、午後は金曜会に出席した。

 浜松救難隊所属救難ヘリの墜落に関連し、搭乗員の発見と救出のための捜索活動が行われているが、依然として、消息は不明であるようだ。超大型で勢力の強い台風の接近もあり、一層厳しさが増すようだ。

    22日の衆議院議員総選挙は、地区連合大会に参加するため、選挙のほうはすでに期日前投票を済ませた。

    健康広場の花ラインにおける花群の整理が急がれるが、雨マークの連続で作業がとどこってきた。天気に左右される毎日である。

元自衛官の時想(27) 空自救難ヘリの墜落事故と救出に思う

    10月17日 航空自衛隊浜松基地に所在する浜松救難隊のUH60J救難ヘリコプタ-が午後5時51分に浜松基地を離陸し、同57分に管制機関と最後の交信をして以降、同6時2分浜松基地の南約30キロの海上でレ-ダ-から消失した。

 夜間訓練に飛び立ち緊急連絡なく消息を絶ってから、懸命の捜索活動にもかかわらず、依然として乗員4名の行方が不明である。乗員のヘルメットや靴などが発見されている。

 この航空事故のニュ-スは、17日夕方、いち早くスマホで知った。OBの一人として、現職から30年近く離れても、作戦部隊の各級司令部勤務と若い時代に要撃管制官としてレ-ダ-で戦闘機等を管制した経験から、各級指揮所の開設、情報収集と救難活動の発動などが手に取るようにわかるだけに、第一夜はヘリの往来が絶え間なく聞こえ、無事の救出を願って、その都度目を覚ますことになった。我が家の2階からは心なしか基地・飛行場付近は明るく感じられた。

 搭乗員家族の不安と心痛は想像に絶するものがあり、何とか搭乗員を発見して救出してもらいたいと祈っている。

  空自救難ヘリがレ-ダ-航跡消失してからの状況については、航空自衛隊ホ-ムぺ-ジによる航空幕僚監部の報道発表を最も重視し、新聞・テレビ報道に注目している。

何としても最優先は、人員の発見と救出である。夜間訓練発進からレ-ダ-航跡消失に至るまでの状況、発生原因その他は、航空事故調査委員会の調査に待つ以外にないであろう。いたずらに想像や推測は事実の究明を妨げることになるからである。

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 2017年10月18日

浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第3報)

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 《 航空幕僚監部報道発表資料 出典 》

2. 浜松救難隊の任務と活躍「大震災や豪雨の被災地で活動」

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《 平成29年10月19日中日新聞の記事 》

3.救難部隊の活動 の一端 「救難活動の最後の砦」 

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《 平成29年10月19日産経新聞の記事、空・海の救難隊員については、元自衛官の時想(24)「 第15回 国民の自衛官」に選ばれた隊員及び部隊の横顔(3)でも紹介した。 》 

4.救難捜索活動のヘリ

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《 10月18日未明、捜索機は浜松基地に帰ってきた。救難ヘリの捜索活動では、海上自衛隊の艦艇や海上保安庁の巡視船などの出動が報じられており、陸海空からの大規模な捜索・救出活動が展開されている。》

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《 10月18日午前5時57分ごろ浜松基地の方向、基地は全機能を傾注して捜索活動を行ったであろう。ヘリの捜索活動の往復のたびに搭乗員の救出と部隊活動の無事を祈った。》

5. 救難装備品等

10月15日 浜松航空祭(エア・フェスタ浜松2017)における救難装備品の展示

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老いる雑感(27)  体力・気力・意欲と日常生活ににおける一挙両得の試み

  一挙両得、一石二鳥いう言葉がある。一挙両得は、 一つの事をして二つの利益を得ること。一石二鳥は、一つの石で二羽の鳥を撃ち落とすという意味から、一つの事をして、二つの成果を得る喩えで使われる場合が多いようだ。

 私は、自分が80歳を超えて、少しづつ体力・気力・意欲が減少していく中で.、次の考えのもとに日常生活で実行することにしていることがある。  

   これを一挙両得とか一石二鳥と言ってよいのかどうか分からないが適当な言葉が見つからないので、使ってみることにした。

 現在、毎日ブログを書いたり、シニアクラブの会長や花の会の代表をしていることから、公私にわたり、毎日を忙しく過ごしている。見かけは元気そうであるが、他の後期高齢者と同じで人並みに、数量は僅かであるが薬も飲んでいる。結構忙しい日々では、足が痛いの、腰の調子が悪いのと言っている暇がない。結果的にはこれが元気の源になっているように感じているから人生は分からないものだ。 

1.生かされた命を有効に役立てる

 両親は、82~83歳で亡くなったが、今や母を越え父を越えようとしている。70歳代で、心臓の心房粗動でカテ-テル手術、さらにがんに罹り左腎臓と尿管摘出手術と膀胱がん手術の2回を経験したことから、これを転機に「生かされた命」であることを悟り、命ある限り毎日の生活を一層有効に使い、過ごしたいとの考えが、従前に増して強くなった。

 個人的な趣味などを楽しむことはもとより地域社会で役立つことがあれば、積極的にお手伝いをすることにしている。これらは、自衛隊を定年退職後やってきたことでその延長上にあり、ごく自然体で今日まで引き継いでいる。

 人間には寿命というものがある。これは各人違うものだが、実際はその時にならないと分からないものだ。最後になって、自分の寿命はここまでだったのかと知ることになる。自分の運命や寿命など分かるわけがないから、それまではできる範囲でやれることをやってみることになる。

2.自分に与えられた役割を果たす

 人は、学校を卒業して、社会人として、職業人として仕事を持ち、家庭を持ち、子供を育てる道をたどることが一般的であろう。

    定年で社会的な使命を終えた後を、どのように過ごすかは、各人の人生観によっその歩みは異なるものだ。そこには定形はなく、どれがよくてどれが悪いといったものはない。まさに定年後の人生航路は各自の選択である。

 私は、人生の活動期を国家防衛の任についたことから、最後の居住地においては、地域社会に役立つことがあれば、役立ちたいと考えてきた。

   自衛隊OB組織である隊友会支部長等の役員、郷里鳥取県の浜松鳥取県人会会長、地域の自治会長、シニアクラブの会長、花の会の代表等に推され、その役割を果たしたのも自分に与えられた役割を果たすという考えに基づく信念からであった。やるからには形式的な役柄ではなく、悔いのない実質的な活動を心掛けてきた。

 この間、心房粗動やがんなどの大病に直面したが、自分に与えられた役目を放棄することなく、乗り切れたのは、副会長等の皆さんの協力支援のお陰であった。感謝してもしきれないものがある。そのことが感謝と報恩の気持ちをさらに強くし、自分の心を奮い立たせてくれたように思う。

 地域社会における自分に与えられた役割を果たすことが、一方では、自分の心身に活力を与え、がんから立ち上がることができたように感じている。今日の元気と健康は、自分に与えられた役割を果たすことによる一挙両得の賜物であるように思う。 

3.シニアクラブ等の役割活動が運動と健康につながる 

 シニアクラブ等の会長や代表者をしていると、どんなに小さな組織でも結構忙しいものだ。上はトップとしての指揮統率の役目から皆さんの様々な世話役である。

   狭い町内であってもできるだけ車を利用せず、急ぐときは自転車、余裕があれば歩いて用事を足すことにしている。

 要務連絡、会報等の会員への戸別配などは、徒歩で歩いて回ると2時間ぐらいで完了することができるものだ。情報連絡紙の配付に、歩くということを付加すると、行き先と目的が明確であり、意識することなく、ウオ-キングの役割を果たしている。

   ウオ-キングだけを日課の中に設定すると、義務化してくるが、これだと用件を足しながらウオーキングをすることになり、一挙両得である。

 大上段に、運動というと、ついついトレパン姿につながっていくが、「身体を動かすこと」と軽るくとらえれば、日常生活のすべてが対象となるものだ。さらにに用事をこなす時に、もう一つのことを加えると二つ以上のことを同時にこなすことになり、自然体でより多くのことができる。ときには一挙三得につながることもある。

4.ブログ書きや報告文書作りが頭の体操につながる  

   このブログも、書くことは考えをまとまることであり、頭の体操でもある。単なる所感であれば思いつくままをまとめれば良いが、多くの場合は、資料を収集・整理・分析・評価してまとめることがある。また、パソコンやスマホを使って書くことになる。

    その点では、ブログづくりは頭の体操であり、パソコンなどの操作につながり、あらゆる情報に接することになる。まさに一挙三得と言えるかもしれない。

   シニアクラブなどの組織体においては、諸活動とともに日常的に諸報告が求められ文書を作ることがある。

    これらは、現職時代は幕僚勤務において、文書作成は日常茶飯事のことであったことから、特に抵抗感がない。役立てることに感謝しているとともに、当然のこととして受け止めている。

 老いる雑感として、体力・気力・意欲と日常生活における一挙両得の試みを記したが、これも現在元気に毎日を過ごせるからである。今の元気がどこまで続くか、明日のことはわからないのに、不確実なのに、元気なことを言えるのもこれまた人生である。

   午前2時間ほど健康広場でグラウンドゴルブした。めったになことであるが、3回もホ-ルインワン(トマリ)が出て気分がよかったせいかもしれない。

 

 

 

 

昭和の航空自衛隊の思い出(429) 最新の航空自衛官の階級章・帽章・部隊章・き章・准曹士先任識別章・国際平和維持活動関連奇勝及び防衛記念章

   先日、浜松基地航空祭(エア・フェスタ浜松2017)を訪れたおり、来訪者にエア・フェスタ浜松2017実行委員会の発行した「エア・フェスタ浜松公式ガイドブック」が無料配布された。

 このパンフレットは、エア・フェスタに関する主催者の挨拶、タイムスケジュ-ル、会場配置、ブル-インパルスについての解説などの他、コンパクトに最新の航空自衛官に関わる階級、所属部隊、職務又は技能等を識別するためのに着用する各種のき章及び自衛官がその経歴を記念して制服に着用することができる防衛記念章などが掲載さていたので紹介する。

 航空自衛官の各種のき章・記念章によって、航空自衛隊の創設・建設期から充実発展の歴史をたどることができる。昭和の時代を航空自衛隊に勤務した多くのOBにとってはき章一つにも様々な思い出を重ね合わせるに違いない。

    き章や記念章は単なるメダルではない。国家国民のため、生命をかけた任務遂行の証であり、誇り、心の記念章でもある。

 

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《 昭和の時代と異なるのは、3等空士の階級章が廃止されて、自衛官候補生が設けられたことである。》

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 《 昭和の時代に、空幕・長官直轄部隊、総隊・中空・西空・飛行教育集団・術科学校に勤務し、台座だけでは同じで部隊章のマ-クを入れ替えたものだ。》

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 《 き章には、このほかに幹部候補生き章、空曹候補生き章がある。昭和の時代と異なるのは、航空管制き章、不発弾処理き章、高射管制き章及び兵器管制き章が新たに制定されたことである。》

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 《 昭和の時代はなくて、新たに設けられた。》

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 《 昭和の時代はなくて、国際平和維持活動への参加により新たに設けられた。》 

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《 昭和の時代から見ると、防衛記念章が格段に充実して制定された。》