昭和の航空自衛隊の思い出(444)) はるか35年前の溜席での大相撲九州本場所観戦

    昨日は大相撲夏場所千秋楽、しかもトランプアメリカ大統領が安倍晋三内閣総理大臣と観戦され、優勝力士平幕朝乃山にトロフィー「米国大統領杯」の授与が行われた。

   大相撲の観戦といえば、航空自衛隊現職時代の昭和59(1984)年11月13日、静岡国際センターで行われた3日目の大相撲九州本場所を溜席なる西土俵前1一10で観戦したことを思い出した。溜席は維持員の役割を担っており、最前列であった。取り組み力士の斜め後方で最直近だけに、息遣いや肌の艶などを直視することができた。

   身辺整理をしていたら、35年前の大相撲九州本場所第28回特集号の小冊子(昭和59年11月11日発行・ふくおか相撲クラブ発行)、当日の取り組み表、入場券の半券と座席図、大関若嶋津と関脇小錦の手形のコピーが出てきた。はるか昔の事であるが溜席で観戦することは二度とないであろうと記念に保存していたのであろうか。

    溜席は、当時西警団司令部人事部長をした折、離島サイトに勤務している隊員の慰問激励をしていただいた故粥川知美 女史(当時、(株)極東フーズコーポレーション代表取締役社長)との縁で、当日午後休暇を取って溜席で観戦することとなった。会場入口も一般と異なり、別室に案内されて所要のマナ-事項の説明を受けて、溜席に案内された。

    砂被りといわれるほど一番前の観戦であるから、間近で見る力士の所作と息遣いから取り組みも迫力満点、審判長の注意なども全部聞こえて、相撲の全体を理解することができた。テレビで観る相撲実況とは全く感じ方が違うことを実感したものである。

    その後、4回ほどの大相撲名古屋場所等及び今日までテレビで観戦するときにとても参考になった。

1   トランプ大統領、朝乃山関に米国大統領杯を授与(産経新聞ニュ-ㇲから)

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2   昭和59年11月13日、静岡国際センターで行われた3日目の大相撲九州本場所

第28回特集号の小冊子、当日の取り組み表、入場券の半券と座席図、大関若嶋津と関脇小錦の手形

❶ 大相撲九州本場所第28回特集号の小冊子

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❷ 当日の取り組み表

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➌ 維持員席入場券の半券と座席図

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❹ 大関若嶋津と関脇小錦の手形 

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老いる雑感( 67 ) カラ元気と循環器の検査など

 

   「 老いる雑感」は、老いる過程で、時折感じたことを認めている。

   体力について、70代ではそれほど感じなかったが、80歳を超えたらその衰えを感じるようになった。周りの人や出会う方から、歳を聞かれて答えると、それにしては若々しいと嬉しいことを言ってくれるのでついその気になってしまうようだ。心は元気であるが肉体は歳相応になってきている。これなどは「カラ元気」の類と言ったところであろうか。

   昨日は午前、循環器クリニックで、エコー、心電図、尿、血液の検査を行なった。心臓の画像診断と諸検査でも老化はあるがまあまあというところであった。

 心臓については、かって70歳代になってから突然、不整脈が出るようになって、心房粗動と診断され、カテーテルアブレシヨン手術を受けたら、ドンピシヤリと不整脈が治った。

   その後は、2ヶ月に一回通院、かかりつけ医に診ていただいている。特に、コレストロ-ル、血圧などに注意を払っている。懇親会などでついつい気を抜くとコレストロ-ル値が高くなることがある。

 その予防基本は毎日の食事であろうが、これまた家内が元気であるから十分配慮してくれているので心配はいらない。ありがたいことである。

 歳を重ねるたびに、旅行では朝夕薬の服用数で競うことになるが、夕食後1錠のみで単純明快である。かかりつけ薬局でも、「くすりの数は少ないほうですね」とおだてられた。カラ元気の根源はこの辺にあるのかもしれない。調子に乗り過ぎて落ちないよう用心・用心である。

浜ちゃん日記  家庭菜園の土壌改良作業

 全国的に猛暑日となった。午後になったら風が出てきたので家庭菜園の土壌改善作業を行った。旧式の管理機を使っての作業で結構汗をかいた。鍬を使っての畝づくりは身体を動かし良い運動となった。作業後にシャワ-を浴びたら爽快な気分となり休養した。動と静の生活リズムは活力を与えてくれる。

   トマト、ナス、キュウリなどの野菜類も順調に育っているようだ。昨年収穫の少なかったブル-べリ-は少し期待できそうだ。 

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トマトとブル-べリ-

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わが神久呂 神久呂地区体育振興会理事会と地域の社会体育活動

 神久呂地区体育振興会の理事会が、5月23日夕神久呂協働センタ-で開催され理事・シ二アクラブ神久呂会長として出席した。

 理事会は、スポ-ツ推進委員、各種スポ-ツ団体醍票、地域スポ-ツ指導員、小・中学校長、幼稚園長、各PTA会長、教導センタ-所長、連合子ども会会長、連合婦人会会長、シニアクラブ神久呂会長、体育振興会三役(会長・副会長・事務局長)もって構成されている。

 本会では、令和元年度役員発表、事業計画及び予算が上程され承認された。

 神久呂地区体育振興会は、神久呂地区の社会体育活動の振興を図り、地区住民の健康と親睦を深め、明るく健全な町づくりに寄与することを目的として、昭和52(1977)年4月1日設立された。当会は神久呂地区において、歴史と伝統のある団体の一つである。

【所感】

1 地域における社会体育活動は、各種目の事業計画を見ても驚くほど活発に行われているが、時代の進展ととともに種目内容等大きく変化しつつあることを感じた。時代の変化に対応した新しい種目が見られる。部門別の理事と運営委員の皆さんに若手が多く地域の活力と頼もしさを感じた。

2 伝統的な元旦の歩け歩けは、残念ながら今回から取りやめとなった。理由は参加人員及び交通安全、設営準備などからであるが、社会環境や住民意識の変化等から時流には勝てないものがある。やむを得ない対処といえるようだ。

3 長年にわたって体育活動の拠点となっていた県有地(グラウンド)の大部分が売却され、利用できなくなったことで、納涼祭の取りやめなど大きな影響を及ぼしている。将来の地域の各種体育活動の活発化と災害対処のためにも、こうした共有場所の確保は必要不可欠ではなかろうか。

4 1と関連し、少子高齢化と地域社会における社会体育活動との連結は新しい活動分野であるように思われる。シニアクラブで活発に行っているグラウンドゴルフ、輪投げなどは体振のスポ-ツ大会の種目に取り上げて、高齢者の参加と活動の拡大を図ることを検討してもよさそうである。

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老いる雑感(66) 自分のことは自分で始末する

1   84歳になった     

満84歳となった。亡き両親の歳を超えて1〜2年経った。こうして毎日ブログを書き、シニアクラブの責任者として動き回ったり、カラオケ・写真など趣味の面でも楽しんでいる毎日である。祖父母の時代からすると高齢と長寿の世の中になったとはいえ、元気に毎日が過ごせることに感謝している。

2  亡き両親に感謝

    昔から「身体髪膚これ父母に受く」という。「元気な身体に生み育ててもらってありがとう」と心の中で何回もつぶやいています。人生には色々な難関があるものだ。病気もその一つである。70代になって癌を2回も患ったが、何とか乗り越えて今日あるもまさしく両親から受け継いだ身体のおかげであるように思う。

3   家族に感謝

   毎日の生活は、子供孫達を含めて元気であることが一番の幸せであるように思う。晩年は平凡な生活が何よりである。静かな中にもやりたいことがやれる。これなどは家族の協力無くして成り立たないものだ。

    夫婦が元気であること、とりわけ、50年以上連れ添った妻の存在と支えが大きい。これまた感謝の一語に尽きる。

4   人生の終末

    ふと人生の終末を考えることはあっても、常に樂観的で自分の寿命や明日のことなど全く頭の中にないというのがいつわざるところである。いくつまで生きられるか分からないが、その時が近づけば、きっと体力・気力などから、己の寿命を悟ることになるであろう。

5    自分のことは自分で始末する

    確なのは、人間どんなに元気でもいつかは介護される状況となったり、自分のことを自分でできなくなる日が必ずやってくることだ。これは生きとし生けるものの自然の摂理である。

   このため、毎日心がけていることは、出来るだけ自分のことは自分で始末することである。元気なうちにやれることはやっておきたいという思いが強い。老いてはきたが、今はまだまだ自分のことは自分でできる状況にあるからだ。

6   身辺の整理

    今日、明日どうこうなるわけではないが、身体が動くうちに身辺の整理を行なっておきたいという気持ちがここのところ一層強くなった。

    従前と違って、ただ考えておくではなく、即実行に変わってきた。自分でも驚くぐらいの心境の変化である。毎日の日課として時間を見つけては、本腰を入れて雑誌・資料類の破棄を行っている。これには家内が一番驚いているようだ。

7    急ぐことはない  

    ここまでくると、そう急ぐことはないとの心境である。目標を持って毎日を過ごしているが、体調に合わせて暮らしている。食欲は旺盛であるから、むしろ抑えることに努めている。

人間食べられるうちは大丈夫との考えである。

すべからく急がないで、ノンビリ、ポツポツで進むことにした。

8  当面の処理作業

   当面の対象物は、自衛隊在隊間の書籍と資料類である。それが終わったら退官後から今日までの分だ。その時代ごとに整理・処理してきたが、成人になってから約65年分のいろいろなものが溜まっているから破棄を始めたらきりがないくらいだ。

    処理の基準は、未だ一度と使わなかったもの、これからも使わないと思われを破棄処分の対象にして選別している。ここで判断・決心したものは絶対に曲げず、躊躇することなく、思い切って処理することにしている。中途半端や再利用など考え出したら元の木阿弥である。多少荒っぽいこれくらいが一番良いようだ。

     

わが趣味活動(45 )  「浜松フォトフェスティバル」は、写真の「浜松まつり」

 2019年第30回「浜松フォトフェスティバル」が始まった。5月20日から26日まで行われる。出品者151名、作品約280点の「浜松フォトフェスティバル」は、写真の「浜松まつり」といわれている。主に遠州地方の写真家、写真愛好家の皆さんが一年間の力作の集大成として、多数の方が参加しているのが特色ではなかろか。私も参加出展のひとりです。

 今日は、浜松写真連絡協議会の会員であることから、09:20~14:00までの間、会場の受付等を担当した。午前は大荒れの天気で、浜松市の一部では大雨警報が発令され避難が呼びかけられた。午後は一転して青空が見えだし夕方まん丸いお月さんが輝いた。

 受付手伝いの間、休憩を利用して、会場の作品を観覧することができた。作品は絵葉書や観光写真ではないだけに、写真作品を通じて、自分の強調したいこと、訴えたいことをどのように表現するかであり、先輩たちの作品を拝見してとても参考になった。多くの作品に触れることは、見る目を養うことにつながる。

 言うは易く行いは難しで、進めば進むほど、芸術作品として作り上げることの難しさを感じている。物事のすべてがそうであるが、総花的なものは散漫となり、訴えるもの伝えるものが希薄となってしまう。焦点を絞り、主役とわき役を明確にし、芸術的な作品に仕上げる精進を続けたいと思っている。

 昨日は中日新聞静岡新聞に第30回目の「浜松フォトフェスティバル」が報道された。 

❶ 2019第30回浜松フォトフェスティバル案内はがき

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❷ 中日新聞5月21日朝刊の記事f:id:y_hamada:20190521232420j:plain

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➌ 静岡新聞5月21日長官の記事

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昭和の航空自衛隊の思い出( 443) 高射教導群創立50周年記念行事に参加して

  5月19日、浜松基地に所在する高射教導群の創立50周年記念行事・記念式典・訓練展示・記念会食に参加した。昭和の航空自衛隊の思い出と関連し認めることとした。

 午前9時、車で浜松基地北門から入り集合、バスで体育館へ移動して、最初に、高射教導群の歴史・変遷のパネル展示等を見学した。各種の状況経過が資料・写真などによってよくまとめられていた。47年前の教導高射隊の建物は撤去され様相は一変していた。今と昔の一覧を理解するのに少し時間がかかったが、記憶がよみがえってきた。

 記念式典は基地大講堂において、中部航空音楽隊の君が代演奏により始まり、群司令の式辞、来賓祝辞など厳粛に挙行された。訓練展示は、訓練場に移動し、ペトリオット及び基地防空部隊が進入し、短時間で見事に展開配置・機能発揮するまでの状況を見学した。隊員食堂における立食の記念会食では、現職に創設当時の話をしたり、現況を聞いたりした。多くの皆さんは歓談をして旧交を温めていた。

    中央音楽隊の演奏班長以下6名による演奏もあり楽しいひと時を過ごすことができた。

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【所感】

① 輝く部隊の充実発展

 高射教導群の50周年キャチフレ-ズ「感謝・継承・発展」が輝いていた。

 航空戦術教導団の一翼を担う精鋭部隊であることを再確認した。創設時の教導高射隊も部隊全員が先覚者の意気に燃えていた。これにも勝る充実した部隊に発展しており、わが国の防空に安心感を覚えた。

② 周到な準備と完ぺきな設営

 OBとしては記念行事をどのように準備し、設営及び運営するかに着目してみたが、精鋭部隊としての真価を発揮し、周到綿密な準備と設営が行われたことを強く感じた。

各隊員の連携から接遇も規律正しく行われており、実によくやっているという一語に尽きる。

③ 節目ごとの再点検と躍進

 高射部隊の教導という重い任務を遂行しながら時代とともに任務の拡大と装備器材の換装・増強のなかで、50年の節目に部隊を再点検し新たに躍進していこうとする雰囲気が強く感じられた。「教導」はまさしく高射部隊の模範となり、評価する任務を与えられている。 
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1    記念式典 基地大講堂

❶ 式次第

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 ❷ 式典会場 及び主催者、来賓

① 式典会場 

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② 高射教導群司令及び准曹士先任

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③ 来賓 航空戦術教導団司令・浜松基地司令・第2術科学校長・航空戦術教導団准曹士先任

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➌ 式辞 高射教導群司令 

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❹ 祝詞 航空戦術教導団司令 安藤忠司将補

     浜松基地司令 加治屋秀昭将補(写真省略)

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2   訓練展示  ペトリオット及び基地防空器材の展開設置及び展示

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3  記念会食

 式次第

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❷ 主催者等挨拶 高射教導群司令 日高芳浩1佐

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➌ 浜会会長挨拶 田原克彦氏(元第9代高射教導隊司令)

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❹ 来賓祝辞  第2術科学校長 倉本昌弘将補

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❺ 乾杯  第28代第1航空団司令兼浜松基地司令・静岡県隊友会副会長 

  内山好夫氏

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 ❻  記念演奏  中部航空音楽隊

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❼ 納杯  高射教導隊副司令 二宮啓彰2佐

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4   記念撮影

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 《 OB・シニアクラブ仲間の坂本義一氏と一緒に 》 

5    高射教導群の歴史  体育館においてパネルで展示

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