神原町花の会(花美原会)( 270 )  草取り等を中心とした花まちづくり協同活動

 8月20日(日)花まちづくりの活動・花協同活動を行うため「花だより」を発行した。主として、花と緑いっぱい区域及び健康広場花ラインの除草等の整備作業を行う。

    お天気の方は、ここ一週間適度に雨が降ったが、それまでは長期間降雨がなく悩まされてきた。雨が欲しいところがあれば、一方では雨が降り続いて困っているところもある。この世はままならないものだ。

    本日17日気象庁は、8月前半は北海道と東北の太平洋側で低温と日照不足、関東甲信と東海で日照不足が続いていると発表した。

    報じるところによると、7月末にオホーツク海高気圧が出現し、冷たく湿った空気が流れ込んでいるため。今後1週間も曇りや雨の日が多いとみられ、同庁は農作物への影響や体調管理に十分注意するよう呼び掛けている。
  一方、近畿や中国、四国、九州は高温だが日照不足の傾向。沖縄・奄美は、太平洋高気圧が日本の南海上に強く張り出しているため高温で、日照時間は平年並みから長めとなった。沖縄・奄美は高温が続く見込みとのことである。
 身近なところでは、家庭菜園ではお天気の影響大である。また、花活動をしているとお天気と草花の育成関係に絶えず、気をくばって管理することになる。

 当会の管理する花畑のコスモスもちらほら咲き始めた。お天気の具合によっては、月末後半にはコスモスの満開の予測と花摘み開放時期の決定が迫ってくるであろう。

 

f:id:y_hamada:20170817104706j:plain

f:id:y_hamada:20170817104725j:plain

《 8月17日コスモス畑にちらほら開花が見られるようになった。》

f:id:y_hamada:20170817205332j:plain

f:id:y_hamada:20170817205419j:plain

《 神原町花の会(花美原会)の「花だより」》

浜ちゃん日記 天龍山洞雲寺の山門施餓鬼会

1   8月15日という日

   昨日8月15日は 、浜松市西区神ケ谷町の天龍山洞雲寺の山門施餓鬼会に参加した。この日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」(昭和57年4月13日閣議決定)である。大東亜戦争終結敗戦の日であり、終戦の日でもある。国民学校小学生5年生の時であり、その日のことは子供ながらよく覚えている。

 浜松市では、8月15日、先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、毎年浜松市戦没者追悼平和祈念式が開催されている。自治会長等の在任間は必ず式典に参列したものである。こうした役職の時以外は菩提寺の山門施餓鬼会に参加している。 

2  山門施餓鬼会と御詠歌

 山門施餓鬼会については、ネットでもその由来など詳しく解説されているので省略する。本会には初盆の親族が主体で一般の檀信徒が加わっている格好である。お参りに際しては「水向料」をお供えしている。

●   心の中で詠じた御詠歌

    今回は、御詠歌奉詠に焦点を当ててみた。受付で御詠歌の歌詞が事前に配られたので御詠歌衆に合わせて心の中で詠じてみた。じっくりと歌詞内容を考えながら詠じていくとなるほどと得心のいくものがあった。御詠歌を単に耳から聞くという立場であると聞き流しそのままで終わってしまうが、御詠歌の歌詞内容を見ながら御詠歌衆に合わせて声が出るかでないかぐらいで口元で詠じるありがたい時間となった。

●  御詠歌の特色と奉詠

 今回の奉詠は、①薬師佛和讃 ②施餓鬼精霊供養和讃 ③地蔵菩薩和讃 ④父母感恩和讃であった。特に、父母感恩和讃はすでに亡くなった私と家内の両親の思い出が去来し感涙を覚えた。
 御詠歌は、仏教の教えを五・七・五・七・七の和歌と成し、旋律に合わせて唱えるものであるが、分りやすく、平たい言葉で、リズムに乗って、調子がよいことから練習を重ねればうまく詠ずることができそうに感じた。家に帰ってからネットで御詠歌の動画を拝聴してその意を強くした。
3   参会者全員の御詠歌奉詠
 せっかくの機会であるので、大部分の方々が聴くだけではなく、司会等がそれなりに解説を加えて、御詠歌衆の主導のもとに一緒に詠ずるようにすれば初盆で詣でられた多くの方々にとっても山門施餓鬼会参加、供養の意義と御詠歌のありがたみが一層深まるように思った。 受付で御詠歌の歌詞を配ったのはこうした意図があったのであろうか。

f:id:y_hamada:20170814094642j:plain

f:id:y_hamada:20170814095014j:plain

f:id:y_hamada:20170815141914j:plain

f:id:y_hamada:20170815145352j:plain

 《 天龍山洞雲寺の山門施餓鬼会の様子 》

神原町花の会(花美原会)( 269 ) 花壇の枯れ木対策と補充作業

 今日は72回目の終戦の日、午前は花畑へ午後は菩提寺の天龍山洞雲寺山門施餓鬼会に参加した。

    早朝から曇り空であったが、外での行動を終えて、ゆっくり家で休養しようと横になったら夕方になって2時間ほど雨が降った。今期の天気は長期間全く降雨なく、最近になってようやく少し雨に恵まれる程度であった。この影響なのか原因は不明であるが、花壇の花木が数か所枯れてしまった。

 対応策として、枯れた不足分の花苗を購入して移植・補充すればよいが、できるだけお金をかけないで花いっぱい活動を目指すという原点に返って、家庭で育てていたマリ-ゴ-ルドを空白に埋めることにした。少人数で作業をし2時間程度で完了した。

 花畑の後方に配置したヒマワリは、先般の台風の影響で30~40度近く傾いたが、補強修正は難しいのでそのままにすることにした。うまくいけばヒマワリの顔が一直線に並ぶことを想定したが、不ぞろいになってしまった。これまた自然のままの美しさというものを重視し,そのままにすることにした。

   今回は、ヒマワリの種まきを遅くして、コスモスの開花と合わせるよう試みたが、花の最盛期は自然界で決まるもの、結果的には一致させることは難しいようである。このため種を蒔く時期を2段階に分けて試みた。遅く蒔いたヒマワリの開花とコスモスの開花と同時に見ることができるかもしれない。

 前年までよかったものが本年だけうまくいかないことがしばしば起きることがある。花いっぱい活動の中で自然界と植物の関係を学ぶ機会を与えてもらっている。

f:id:y_hamada:20170815111534j:plain《 数か所花木が枯れるところが発生した。過去の経験から、こうした状況に対応するため、数種を家庭で育てておく体制をとっていた。今回は主としてマリ-ゴ-ルドを移植補充した。》

 

遊び心

 真剣な花活動の中にも遊び心が必要である。遊び心は余裕である。こんな遊びをやって見た。

f:id:y_hamada:20170815114823j:plain

f:id:y_hamada:20170815114620j:plain

《 昨年のこぼれ種から自然播種したコスモスを使って、種採集を兼ねて遊んでみた。》

浜ちゃん日記  お盆を迎えての感想

1.お盆は先祖が家族を引き合わせる

    生まれ育ったところは鳥取県湯梨浜町宇野、現在の終の棲家は浜松である。若いころや両親が生きていたころは、どんなに遠くに住んでいても、お盆の時期になると家族を連れて郷里に帰り、両親に家族全員の顔を見せ、先祖のお墓参りをしたものである。

   この頃は逆に子供たち家族が私のもとに集ってくる。これが世の習いというものであろうか。子供が家族を形成し、孫達がそれぞれ家庭を持てば、親と同じように、自分の城を築き代替わりしていくものである。

 昔は親戚縁者が同じ集落や地域に住んでいたが、今日は核家族に見られるように、家族の分散・独立化が進んでおり、居住地が国内はもとより地球化してきている。家族の絆や先祖に対する考え方も少しづつ変わってくるのもやむを得ないことであろうか。

 こうしてみると、昔から、家族は幾代にもわたって、先祖を弔う行事を繰り返してきたのであろうか。歳を重ねたせいか、若い時代には感じなかった先祖の御霊・亡き両親・兄姉への追悼に寄せる感慨は一層深いものになってきた。

 人はこの世に生を受けたからには必ず死んでいく輪廻の世界でもある。お盆の風習は人にとってありがたいものだ。先祖様が今に生きる家族や親族を引き合わせてくれるからである。

2.お盆は祖先の霊を迎え祀る
 お盆は祖先の霊を迎え祀る行事である。年に一度祖先の霊が私たちのもとに帰ってくる期間とされている。当地では、初盆の家庭を除いて、一般的に特別な祭壇を設けたりしないで、身内でささやかに祖先の霊を供養している。

 これに対して、初盆を迎えられる家庭は、当地では8月13日から8月15日までの間、所定の祭壇を作り、13日迎え火をして15日夕方送り火をしているところが多い。旧暦の方は7月の同じ時期である。現代においても長くもなし短くもなしで、親戚縁者が集まり、弔問者を迎えるのは、実質的には14日の一日だけである。

 私の生まれた故郷では、お墓に灯篭があるが、当地では見かけない。お盆には集落の人々は毎日夕方家族そろってお墓参りをし、灯篭に火をともしたものであった。墓地は夕闇の中に迎え火が灯り幻想的な光景が焼き付いている。

3.初盆・盆義理の弔問

 最近の当地の傾向を見ていると、初盆・盆義理の弔問は、14日の午後に行われている。それ以外の日時はあらかじめ連絡して弔問した方がよいようだ。喪主にとっては、親戚縁者の接待など何かと忙しい折であり予定される時間以外に弔問すると迷惑をかけることになる。

 弔問に際しては、祭壇とは別に縁側に焼香台を設け、靴を脱いで家の中に入らず、そのままの状態で焼香し、慰めと励ましの言葉をかけて離れるのが通例である。

 今日は少し涼しくなった午後4時頃から約1時間町内を回って知り合いの初盆宅を弔問した。どの家庭も中央に遺影が飾られた祭壇が設け、親戚縁者の皆さんがお集まっておられた。御霊がそれぞれの家庭に迎えられ、安堵の気持ちがあふれているように感じた。

2014-08-13  浜ちゃん日記 初盆と盆義理

 

 

 

浜ちゃん日記   家族全員集合

   お正月とお盆は、わが家に家族全員が集合することを例としている。今回も数日間子供たち家族が集まりにぎやかであった。ワンちゃんも2匹家族に加わった。それにしても東名高速道路などは渋滞で往復とも大変だ。

 明日は町内の盆l義理、明後日は菩提寺における諸行事に出かける。こうしたこともあり今週はシニアクラブ等の諸活動も取りやめている。外に出かけるときを除けば、のんびり過ごせるから骨休めの時期でもある。 

f:id:y_hamada:20170812151855j:plain

 《 神原町花の会の管理するコスモス花畑は、順調に育っており、9月上旬花摘み開放ができるものと予想している。》

神原町花の会(花美原会)( 268 ) 手作りの花いっぱい区域の看板

   毎年お盆の時期になると、思い出されるのは、神原町花の会(花美原会)が管理する「花と緑いっぱい区域」の看板製作者の今は亡き窪田萬年様である。平成23年3月15日逝去された。花活動に献身され、航空自衛隊OBで積極進取に富み、実行力に優れた方であった。当会創設期において、竹材を利用した花壇の区画整備と並行して精魂を込めて見事な看板を製作してくださった。いったいどこにそんな才能があるかとみんなが驚いたものであった。

 発足当時、花区域を設定して、総出でタネを蒔いて発芽・育成し、格好がつくようになると、誰彼ともなく「看板がいるね」と言うことになり、さつそく役員の窪田さんが積極的に作成を引き受けてるくれることになった。表示デザイン・文面など一切を窪田さんにお任せすることになった。こうして心のこもったた手作りの看板ができあがった。

 思い返すと、平成19年神原町自治会総会において決定された 「神原町まちづくり構想」に基づき、神原町花の会が結成され、神原町の花活動が10年の歳月と歴史を刻ざむことになった。心を込めて作った看板も風雪に耐えて老朽化してきたが何とか修理補正をして維持したいものである。 

 時あたかも、花活動を開始して以来10年を経過した。本年度の第27回全国花まちづくりコンク-ルにも応募し、第1次審査において、この度、現地審査地の一つに選定された。誠に名誉なことで、入賞するか否かはともかく真摯に現地審査を受ける準備を進めている。

f:id:y_hamada:20170812162200j:plain

f:id:y_hamada:20170812162242j:plain

《 「花と緑いっぱい区域」の両側に設けられた手作り看板、制作者の亡き窪田さんが区域全体を見守ってくれている。今年は長期にわたって降雨のない天気が続き、さらに台風の影響で強風が通り過ぎ、花壇・花畑はかなり被害が生じたが、自然を受け入れて草花も人を生きている。》

自衛隊家族会(10) 清水みなと祭り旅行・登呂遺跡と博物館見学(4)

    清水みなと祭りの帰路は、登呂遺跡の見学をした。登呂遺跡は何回か来たことがある。過去の見学は記憶がおぼろげであるが、従前よりとてもよく整備されているように感じた。古の居住区と水田が印象的であった。

   当日、展示の火起こしは家族会の少女が体験し、皆んな注目し、煙が出て火が付くまでの過程に迫力があった。その上、博物館は内容が充実していた。

    遺跡の発掘調査と研究が進んであり、子供達の学習はもとより大人にとっても、古における生活を主体とした発展の歴史を学ぶことができる。登呂遺跡と博物館が観光・学習面で人気が高い理由がよくわかった。

 

f:id:y_hamada:20170808232822j:plain

f:id:y_hamada:20170808233054j:plain

《 静岡市立登呂博物館のパンフレット 出典 》

f:id:y_hamada:20170806144851j:plain

f:id:y_hamada:20170806150101j:plain

《 登呂遺跡と水田 》

f:id:y_hamada:20170806145440j:plain

f:id:y_hamada:20170806145648j:plain

《 火おこし体験 》

f:id:y_hamada:20170814164852j:plain

《 浜松自衛隊家族会一行登呂遺跡見学 》