シニアクラブ( 192 ) 令和元年度第12回シニアクラブ浜松市大会に参加して(1) 式典の部

 令和元年度第12回シニアクラブ浜松市大会が、7月19日13:00から浜松市福祉交流センター大ホールで開催され、地区連合会長及び単位クラブ会長として参加した。

   大会は式典、アトラクション、歌謡ショー及びお楽しみ抽選会が行われ、盛会裏に16:00散会した。

【所感】

 大会は充実した内容であった。藤田会長のあいさつにあったシニアクラブ浜松市会員数は約22、100名であり、前年度より700名の減員があったことが紹介された。高齢者の急増の中で、各クラブとも懸命の努力をしているにもかかわらず、クラブの廃止減数、会員の退会:・減少傾向は深刻である。会員の増強に関しては「魅力あるクラブ」、「入りたいクラブ」への課題の取り組みに、会員の皆さんの力をお借りして、さらに英知を傾けたいと思った。 

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1   式典の部

 ❶ 司会 副会長 幸田亭子氏

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《 幸田副会長の司会の元々、整斉と式典の部は進行した。》

❷ 大会の様子及び役員、来賓席

〇 大会会場

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〇 役員席

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〇 来賓席

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➌ 開会の辞 副会長 渥美たつ氏

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《 渥美副会長の力強い開式の宣言で式典が始まった。》

❹ 私たちの信条の朗読   副会長 仲田宗男氏

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《 仲田副会長の主導で全員が力強く朗読した。実によくできた高齢者の目指すべき信条です。クラブの定例会では、毎回「私たちの信条」を全員で唱和しています。》

❺ 会長挨拶 藤田かつ太郎氏

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《 令和の始まりを機に活動内容を見直し、ロコモ-ション・トレ-ニング、フレイル対処などの健康寿命の推進と交通事故防止、シニアクラブの積極的参加と充実発展を呼びかけられた。》

❻ 浜松市老人クラブ連合会長表彰 

〇 4年功労者 79名

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《 伊藤、本多両常務理事が受賞者の名前を読み上げられ、藤田会長が代表者に授与された。》

〇 8年功労者 30名

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《 中村常務理事が受賞者の名前を読み上げられ、藤田会長が代表者に授与された。》

〇 優良クラブ 18クラブ

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《山本常務理事が受賞者の名前を読み上げられ、藤田会長が代表者に授与された。》

❼ 来賓祝辞

〇 浜松市長代理 副市長 鈴木伸幸氏

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《  鈴木副市長は、浜松市が大都市別の健康寿命で2010年、2013年、2016年も3期連続男女とも第1位になったことを上げられ、さらなる高齢者の福祉推進を強調された。》

〇 浜松市議会議長 副議長 鳥井徳孝氏

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《 鳥井副議長は、浜松市の65歳以上が21万9千人で人口の27%を占めることを上げられ、高齢者の活躍と福祉の推進を図ることを強調された。》

❽ ふるさと合唱

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《 全員で「故郷」を合唱した。わがクラブの毎週の金曜会では、最初に通信カラオケ演奏と画像に合わせて「故郷」を全員で合唱しています。》

❾ 閉会の辞 副会長 内山英之氏

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 《 内山副会長の閉会の辞で式典を終了しました。》

 

2   アトラクション  レクダンス・民踊・寸劇   ( 次号で紹介) 

3  歌謡ショ-  徳間ジャパン 島 育子          (次次号で紹介) 

4  お楽しみ抽選会                                                 (次次号で紹介)  

 

 

 

神原町花の会( 花美原会 )

   梅雨明けもまじかであろうが、昨夜から今朝に至るも雨が降り続いている。今年は    長雨が続き、雑草が花畑全体に蕃殖してきたことから、7月28日の花協同活動は重点を花畑の草取りとすることになった。

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《 花だより No162   平成元年7月19日 》

元自衛官の時想(81) 感動の参議院選挙佐藤まさひさ候補の個人演説会

1   佐藤まさひさ候補の演説会参加

    7月16日午後6時から7時30分まで、第25回参議院議員通常選挙(比例代表)に立候補した佐藤まさひさ氏の個人演説会が浜松市南部協働センセンターのホールで行われ演説を拝聴した。実に相変わらぬ人柄と確固たる信念とブレない軸を堅持して奮闘している姿に心から応援を送った。

    航空自衛隊OBの一人として、元陸上自衛官、ヒゲの隊長で知られる外務副大臣の佐藤まさひさ候補には、是非とも3期目を当選してもらいたいと激励・応援の思いで演説会に出かけた。

    演説会は、浜松防衛団体連合会が主体となって構成団体に参加を呼びかけたものである。

    司会は浜松つばさ会前会長飯塚雅視氏が担当し整斉と進められた。開会の挨拶は隊友会浜松支部長新田満氏、激励・応援の弁は、静岡県西部防衛協会会長  藤田正治氏、浜松防衛団体連合会会長 大須賀正孝氏、衆議院議員塩谷立氏、衆議院議員城内実氏、静岡県議会議員飯田末夫氏,浜松市防衛議員連盟会長 鈴木育男氏の激励の言葉のほか浜松基地女性協力会(芙蓉会)会長鈴木加代子氏から豊川市の砥鹿神社お守り、締めは自衛隊家族会浜松支部長小林三二氏の音頭で「エイエイオー」と佐藤まさひさ候補を中心に全員が声高らかに力強く発声し必勝を期した。熱い熱い応援が強く印象に残った。

2  「外交・防衛・防災・憲法」を主軸とする感涙を呼ぶ演説

    佐藤まさひさ氏の12年前の初出馬、2期目、今回と浜松を訪れた時には必ず応援に駆けつけ、心から積極的に支援してきた。

   自衛官時代と全く変わらず、初陣の時からの国家・国民のために奉仕したいとする強烈な志と誠心誠意の献身的な国政での働きは、その期待に十二分に応えたものであったと高く評価されている。

    今回の演説会において、短時間であったが、佐藤まさひさ候補の実直にして熱誠溢れる演説は、現職時代に命をかけ厳しくも過酷な任務をやり遂げた男の心の叫びであった。その訴えは会場の皆さんに等しく感動を呼び、「そうだそうだ」「よくぞやってくれている。その心意気でこれからも続けてやってもらいたい。ぜひやらせたい。」とめがしらに感動の涙が流れてきた。演説会で涙することなどめったにある事ではない。それはどこから来るであろうか。

   とりわけ、自衛隊OB同士だけに、頭で考えた空理空論でなく、25年の自衛官生活と12年の参議院議員活動の経験に裏打ちされた演説内容に「現場の自衛官の心を心とする」「元自衛官だけにしか語れない」人の心の琴線に触れるものがあり、全く同感で共感を覚えるものがあったからである。

    選挙戦において、「外交・防衛・防災・憲法」を主軸とする主張は、あまり票にならないと言われている。しかし、国家の基本こそ最も大事なことではなかろうか。誰かがやらねばならないことを正々堂々と論じ訴える姿勢に共感するものである。国民の命を守る自衛官・警察官・消防官海上保安官の心情を、正しく国民の代表として代弁してくれているからである。

    そこには、陸上自衛隊幹部自衛官として、第一線部隊で部下隊員と苦楽を共にし、汗を流したこと、第7普通科連隊長兼ねて福知山駐屯地司令を最後に、退官して政治家を志し、参議院議員として防衛大臣政務官、外交防衛委員長を歴任して、外務副大臣の職にある。この間、国政の場で実力を発揮し数々の実績を残してきた。

   演説の中では何一つ自慢されなかったが、知る人ぞ知る活動をしてきた。演説は実に心の琴線に触れるものであり、もったいないほどの演説内容であった。

3   命とくらしを守る土台作り

    佐藤まさひさ候補は、7月4日の公示後の第一声で、「 参議院議員選挙に、全国比例区自由民主党公認で立候補いたしました。 「一途に国防、ブレずに外交」の想いで、外交・安全保障問題の専門家として国防問題に取り組んで参ります。」と発した。

 わが国・地域・家族を基軸として、国民の命とくらしを守るための土台作りこそ最も重要であり、その先頭に立つのが政治家である。

 世界各国を見渡して、日本の政治・政党間で最も欠落しているものは、「外交・防衛・防災・憲法」に関して共通の理念と方向性がないことである。今回の選挙は国家の基本問題が最も問われるべきではなかろうか。

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浜ちゃん日記 長期の梅雨と雑草の対処

   長雨が続き日照りが少ないため、作物にも悪影響が出始めた。昨年は逆に日照続きで雨が不足した思い出がある。特に、今年は長雨の影響で雑草が異常なくらいに繁繁してきた。

    そこで昨日午前2時間ばかり健康広場花ラインの草取りに精を出した。外柵沿いだけを少しはきれいにできたが、花ラインの内側は範囲が広すぎて、全く手づかずの状況である。自然界の勢いに逆らずに、梅雨明けとなってからコツコツと整備する以外に手がないようだ。

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老いる雑感(71)   80歳以上の車の運転と免許返納

    後期高齢者の運転に関する重大事故の多発・免許返納などメディアを賑やかしている。高齢者の車事故の話題は尽きることがない。車という文明の利器も凶器となることがあるからだ。

    先般も高齢者の運転に関する記事が別紙のとおり報じられた。内閣府の調査によると、80歳以上の車運転は26%とのこと、4人に1人が運転している。私もその中の一人である。

    今年春、運転免許更新に際して、高齢者運転講習を受け更新した。最初から次回の更新はしないことを固く決意している。

    したがって、3年以内に、免許返納することになるが、その時期は自分の健康、体力・気力・知力、とりわけ運転時の判断力と対処力で決めることにしている。

    現在、シニアクラブ等の役職の遂行 や私生活の行動範囲と行動力の基盤となっているものが、車の機動力にあることをよく承知している。

   運転免許返納後は、「生活の足」がなくなり、徒歩・自転車とバスとなることから機動性や行動範囲がかなり制約されることになる。当然ながら、世間で言われているようないろいろな困難が予測される。

   日常生活における車の効用は、交通機関が少ない郊外に生活するだけに日常生活上、必要不可欠な面が大きいことも事実である。

    車の運転を止めることは、日常生活そのものを全面的に見直すこと、家族の買い物などの代替え手段の設定や共通の認識・考えなどが必要である。

    いきなり車の運転を止めることはできないので、徐々に体制を整えて決断することにしている。免許の返納は、家族に勧められるのではなく、自らの考え、決断で行いたいと思っている。これらは苦渋や悲壮な選択ではなく、明るく自然体に決断したいものだ。

    自分の心の中には、すでにいつどのようにするかは決めている。決断するまでに体制を整えておきたいと思っている。それまでは優良運転の記録を持続する必要がある。そのためには、まずは毎日スピードを出さず安全運転に心がけたい。

   人生の最終段階にきて、車の運転で晩節を汚すことだけはしたくないと切に思うこの頃である。

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 《 中日新聞 令和元年6月4日 》

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《 産経新聞 令和元年6月5日 》

 

浜ちゃん日記   遠州の初盆供養と盆義理

   昨日7月14日は、午後3時頃家内の親戚の初盆供養で親戚縁者が集まり夕方まで故人を偲んだ。私の郷里鳥取の初盆とは違った遠州地方の独特の風習・初盆文化が見られる。

 遠州の初盆では、自宅に帰ってくる故人のために祭壇を飾り、お花や籠盛といったお供え物も飾り、華やかに故人を迎え入れる。

 浜松市遠州地方のお盆の時期は、地域によって7月13日~15日(新盆)または8月13日~15日(旧盆)に分かれる。浜松市中心部から磐田市にかけては7月13日~15日に新盆を、浜松市北・西・南部が8月13日~15日に旧盆を行っているように見受ける。どうしてそうなったかは、一般的には農作業の時期との兼ね合いから新盆と旧盆に分かれたというのが定説のようで、なるほどと得心がいくようだ。

 新盆・旧盆のどちらかは、地区の知り合いやお寺さんに確認することで知ることができる。親戚の場合は、初盆を迎えられるお家からいつ初盆を行うか案内があるのが通例である。

    遠州地方の大きな特色は、「盆義理」と呼ばれるもので、初盆を迎えるお宅にご近所の方や知り合いの方などがお参りに訪れる風習である。故人の通夜・葬儀に参列された方の大部分が訪れることになる。

 盆義理は7月13日・14日または8月13日・14日の夕刻といわれているが、弔問を受ける側と弔問した経験からすると、大部分の方が14日午後3時頃から夕刻までに弔問しておられるようで、双方にとって最も都合がよいころ合いと思われる。

 それは、この時間帯は親戚縁者も全員集合し、弔問の受け入れ態勢が整っているからである。極端に早かったり遅かったりしない方がよいように思われる。

 

 

 

浜ちゃん日記   この世界には人間の頭数と同じように仕事はたくさんあるはずである

  7月1日早朝小雨が続く中、天龍山洞雲寺に墓参りをした。山門入り口の今月の掲示は「この世界には人間の頭数と同じように仕事はたくさんあるはずである」であった。

 ネットによると、この言葉は、野口英世の名言集にあるということであった。野口英世は、子供の頃教科書にも載っていたように記憶している。伝記も熱心に読んだものである。

 この言葉は、野口英世が歩んできた人生から生まれたものであり、ものの見方や考え方で人生が変わることを示しているのではなかろうか。仕事をどのようにとらえるかによってもかなり違ってくるに違いない。

 時代・年代・年齢等によっても、仕事についてのとらえ方、見方は違ってくるであろうが、人生と仕事は一体のものではなかろうか。仕事=職業と考えるか、もっと幅広くとらえるかによつても違ってくる。

 歳老いた立場からみると、定年となって職業から退いても、老いたものに合う仕事はあるものである。労働の対価・お金は伴わないが、地域社会への奉仕の仕事や自分がやり遂げたいという仕事・役割は身体が動く限り続けたいと思っている。 

世界を駆け抜けた医学者野口英世     出典 野口英世記念館ホ-ムぺ-ジ
1876(明治9)年、福島県猪苗代に生まれた野口英世
1歳半の時に左手に大やけどを負いましたが、
恩師・友人・家族の励ましと援助を受けその苦難を克服しました。
左手の手術により医学のすばらしさを実感し、自らも医学の道を志しました。
アメリカのロックフェラー医学研究所を拠点に世界で活躍し、
ノーベル賞の候補にも挙がりました。
1928(昭和3)年、西アフリカのアクラ(現ガーナ共和国)で
黄熱病の研究中に感染し51歳で亡くなりました。

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