天龍山洞雲寺参道の人生教導の石碑(5) 父母の慈愛の恩忘れなば 子々孫々に栄あり

 菩提寺である浜松市西区神ケ谷町天龍山洞雲寺 には、毎月1日と15日の2回,同寺に詣でて墓参りをしている。

 参道の片側には、昭和の30年代に設置された石碑が15個建っている。檀信徒から寄進された石碑で,表面に人生の諸々の教導の言葉が銘されている。その裏側には寄進者名と建立年月日が刻まれている。

 仏様の教えでもある。日常生活における誠に含蓄のある教導の言葉である。

 墓参りの都度,立ち止まって読み返すことにしている。歳を重ねるにつれて同感することばかりである。

 わが人生を振り返り,残された人生の道標としている。

 天龍山洞雲寺参道の人生教導の石碑

「父母の慈愛の恩忘れなば 子々孫々に栄あり」 

[所感】

 親になり,子,孫を持ってみると,昔から言われている「親の慈愛は天よりも高く,海よりも深し」ということがよく分かる。世間には、子や孫に愛情を持って育てず、虐待などと言うものもあるが,例外である。

 父母の慈愛に対して報いる道は,成人となれば、社会人として自立して普通に暮らし、自分の役割を果たすことに尽きる。これが父母に対する恩愛に報いる最良の道ではなかろうか。

 父母に心配をかけず,独立した社会人として普通の社会生活を営むことである。それには経済的に自立すること、健康であることではなかろうか。

 親は子を慈しみ・愛しみ、子は親を尊ぶ,ごく当たり前に、普通に進めば子々孫々の繁栄がある。誰れしもが望む姿ではなかろうか。

 「親孝行したい時には親はなし」この言葉も身に染みる。青年時代、現職時代は自分のこと、家庭を維持することで精いっぱいであった。高齢期になって,子供たちも独立し肩の荷が軽くなって親の恩に報いたいと思っても,すでに親はこの世にいない。

 せめてもの恩返しは、人様に迷惑をかけず,普通に生活し社会人としての役割を果たしたこと、親の寿命を超えたことではなかろうか。