第19回国民の自衛官顕彰(10) 国民の自衛官横顔「空自第11飛行隊(ブル-インパルス)」

    9月7日から第19回国民の自衛官に選ばれた9人1部隊の横顔が産経新聞に掲載され.るようになった。

 「国民の自衛官」顕彰に敬意を表し、顕彰事業創設以来、毎回受賞の紹介記事を自衛隊OBの一人として関心を持って拝読している。

 この顕彰事業の特色は、自衛官の顕彰を通じて、国民の前に第一線の部隊等で国家防衛の使命を黙々と遂行している自衛官の姿を浮き彫りにしその実態の一端が紹介されることにあり、大変喜ばしいことである。

 こうしたことから、多くの国民に知ってもらいたいの一念と優れたもったいない記事であるので、逐次紹介してきたが、最後の記事となった。

❶ 国民の自衛官横顔「空自第11飛行隊(ブル-インパルス)」

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❷ 松島基地とブル-インパルス

  「空自第4航空団第11飛行隊(ブル-インパルス)」の所在する松島基地は、第38代第4航空団司令兼ねて松島基地司令津田昌隆空将補が基地の代表者である。津田司令は、警戒航空隊司令、第1航空団司令兼ねて浜松基地司令を歴任された。

 現在、松島基地と言えば、「ブル-インパルス」である。津田松島基地司令の挨拶の中に、ブル-インパルスについて、「  東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催され、1964年の東京オリンピックに引き続き、ブルーインパルスがオリンピック・パラリンピックの開催日に東京上空で展示飛行をする機会を頂きました。

 コロナ禍の影響の続くなか、国民の皆様にブルーインパルスの雄姿を観て頂くことで、感動を共有し、少しでも元気と笑顔をお届けすることができたのであれば幸いと思っています。
 なお、東京2020パラリンピック競技大会開会日におけるブルーインパルスの展示飛行後において、カラースモークの不適正な使用によりご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。」と述べておられる。

❸ 所感

① オリンピック会場に描いた五輪の初代ブル-インパルス

 現在、「ブル-インパルスといえば松島基地」であるが、航空自衛隊の創設期の昭和時代に在隊したものとしては、「ブル-インパルスと言えば、発祥の浜松基地がまず浮かぶ。それは当時浜松基地に在隊していたことと、私の同期である第1期操縦学生が創設期のブル-インパルスで活躍し深くかかわったからである。

 浜松基地所在の第1航空団にブルーインパルスの誕生となった「空中機動研究班」が設けられたのは、昭和35年(1960年)5月であった。

 私と同期の第1期操縦学生の藤縄忠君、西村克重君、淡野徹君及び村田博生君がブルーインパルスの創設期に活躍した状況については、第1期生の徳田忠成君が執筆した「天翔る第1期操縦学生の軌跡」の「ブルーインパルス」の項に記録されており、先にブログ「航空自衛隊第1期操縦学生・第1期操縦学生が活躍したブルーインパルスの創設期」で紹介した。

②  ブルーインパルスの役割と顕彰

 ブルーインパルスの創設期に戦技研究班なるものがあった。今日においては、上空における華麗な演技を通じて航空自衛隊はもとより自衛隊全体の広報を担っている。(戦闘機の戦術・戦法研究と普及向上を図る部隊は、航空戦術教導団がある。)

 パイロットの高度な操縦技量と一糸乱れぬチームワークは航空戦力の優秀性を示すもので高い評価を受けている。

 また、ブルーインパルスの飛行展示は、どこの地方であっても熱狂的な歓迎を受けている。驚異的な観客の動員力と関心を集めている。従って、国家的な行事にブルー・インパルスが活用されることになり、その業績は絶大である。

 私たちはいつの間にか、ブルーインパルスの優れた操縦技量と強固なチームワーク、演技力、宣伝力・広報力、動員力、感動力などに慣れっこになって、当たり前のように思ってきたが、今回の国民の自衛官として、空自第11飛行隊(ブルーインパルス)が顕彰されたことはブルーインパルスの存在と功績に光を当てる機会となり良かった。

③  航空部隊における飛行安全

 航空機の運用にあたって、最も重要な事柄は飛行安全である。航空事故の発生は自衛隊の任務遂行を阻害する。

 特に、国民の生活区域・住宅街への墜落事故により、国民の生命と財産に直接被害を及ぼす事案の発生は何としても未然防止しなければならない。至上命令でもある。

 航空機も精巧な機材の塊である。故障もあり得る。こうしたことから、全てのパイロットは飛行中のトラブル発生に際して、安全な場所へと最後の最後まで操縦して、脱出の機会を失う事例が生まれている。こうした事例を多く知っている。

 私も一般の戦闘航空団に勤務した折は、人事部門にいたが、勤務日は全機無事着陸の放送を聞くまでは、必ず職場に残ったものである。それだけパイロット、飛行運用、整備部門みならず全ての部門が飛行安全に最大の関心と努力を払っている。