わが自治会活動の軌跡(1) 自治会長就任と「神原町自治会ニュース」創設発行

 平成2年(1990年)4月、35年余勤めた航空自衛隊を退官するにあたり、永住の地を長年連れ添った妻の里である、航空自衛隊浜松基地の所在する浜松と決めた。

 転勤の多かった生活から終の住処を浜松基地に近い西区神原町とした。同地に在住して13年となる頃から自治会部長1年、副会長3年を経て、平成17年(2005年)3月に開催された神原町自治会の通常総会において、自治会長に推挙され選任された。

 こうして、同年4月1日、第24代自治会長に就任し、20年(2008年)3月31日まで3年間自治会長の重責を果たした。

 自治会長に就任して最初に行ったことの一つに、自らが発行者兼編集者となって「神原町自治会ニュ―ス」を発行し、全世帯に配布したことをあげることができる。

 その主眼は、地域における自治会活動において、自治会の活動・運営の状況や町内の話題・出来事から町の誕生発展の経過などを取り上げることによって、情報を共有し、自治会の目的である住民が相互に理解しあいながら地域の諸問題に関心を持ち、常に共同して実践活動を行い、住みよい環境づくりと明るい地域社会を築くことに資することであった。

 神原町が誕生して49年の歴史の中で、この種の「神原町自治会ニュ-ス」の発行は初めてのことであった。在任3年間における「神原町自治会ニュ-ス」No1~No 66を通じて、当時における地域が抱える共通の諸問題等に触れ、どのように対処したかを綴ることにした。

 地域に生起する住民の生活に関わる問題や課題はどの時代、どの町でも大体同じようなものである。解決の目処がつくと次から次へと新しい問題と課題が再起してくるものだ。したがって自治会活動に終わりがない。

そうしたことから、どんな問題・課題に直面しどのように対処したか、「神原町自治会ニュース」を通じて紹介します。

❶ 自治会長への就任と町民総意による「まちづくり」の決意

 若い頃からいつの時代においても、どんな役割や職位でも「自分だったらこうする」という考えを持ってきた。そのきっかけは、創設期の航空自衛隊に籍をおいたことから始まったようだ。階級は下っ端であったが、それぞれの立場で新しいものを建設するという意欲に燃え創造、発想と努力が求められた。

 特に、人と物が少ない中であったから、常に現状の問題・課題を探し、積極的に改善向上に向けて挑戦することを徹底して教えられた。その上一つも二つも上位の役割を与えられ鍛えられたことにあった。

 在隊間、後年、各勤務地の自治会活動を見聞し、官舎地区の自治会・町内会の副会長、会長も経験してきた。他町の自治会役員との交流も行った。

 こうしたことから、いつの日が自治会活動に関わることになれば、まちづくりのためにはどのようにどんなことをやるべきか腹案を考えてきた。こうした視点で、地域に居住して眺めてみると、様々な課題があり、解決が求められていた。

 地域の自治会活動に班長、部長、副会長として携わってみると、一つの問題を解決するにも、都市部と異なって、地域の風土、歴史と伝統、地縁血縁、長年の慣習、さらには新参者はよそ者扱いの風潮が残っている等から大きな壁が横たわっていた。

    こうした背景の中で、時代の新たなる波は、住民が主体の発想、考え方の「まちづくり」という形が近づいていたが、当地域は自治会運営も少しずつ変化はあるものの昔からの代々のやり方を保守していた。

 こうした中で、副会長の3年間、町民の立場から、わが町にとって何が最も求められているのかをじっくりと考え構想を練ってきた。

 地域の状況に合わせて、円滑に取り組んでいくためには、町民の皆さんが住み良いまちづくりのため現状の課題・問題点をまとめ、改善・解決に向けての諸方策などを提起するなど共通の認識基盤を確立するためには、情報社会に対応した情報の共有を図ることが必要であった。

 その手段として、町民の情報連絡紙として.「神原町自治会ニュース」を発行することにした。 

❷「自治会ニュ-ス」の創設と継続発行

 情報連絡紙の編集・発行は、自衛隊退官後、隊友会浜松支部長として、約5年間「隊友はままつ」を毎月編集・発行した経験を有していたので特に困ることはなかった。

 一番苦労したのは、パソコンに入力する作業で、ポツリポツリと一字ずつ打ち込んでいくので時間を費やしたことである。若い人のように速度や早ければ容易であろうが、今もそれは変わらない。

 自前のパソコンを使用しての作業であるから、自由にできるときに作業をすることにした。自前のプリンターで打ち出し、印刷は公民館で料金を払って印刷してもらった。

 こうして、次の自治会長にバトンタッチするまで、66号まで発行することができた。その後、今日に至るまで、歴代の自治会長が定期的に「神原町自治会ニュース」を発行されている。編集形式や内容など様々であるが、情報連絡紙としての役割はいつの時代も変わらないようである。

 当時の自治会会員は369戸、法人9であった。発行の趣旨から各戸配布とし、発行部数は約400部であった。

 「自治会ニュース編集発行要領」を制定した。

❸   春の町内一斉草刈りに「町内ピカピカデー」と捉え子どもも参加

 町内の春と秋の一斉草刈りは。神原町の誕生以来恒例の環境整備デーで全戸参加である。そこで、積極的な新しい試みとして、「町内ピカピカデー」と捉え、従来の大人だけの一斉草刈りという垣根を取り外して、自宅付近のピカピカに大人と子供たちも参加するよう呼びかけた。子供たちの地域を愛する心を育むためであった。子供13人、大人12人が参加したことが記録されている。

❹  自治会運営・役員の活動要領、役員の業務処理要領の制定

 自治会運営・役員の活動要領及び役員の業務処理要領は、前任者の申し送りも、メモ程度か、口頭の引き継ぎで、初めて役員につく人は手探りで、その都度前任者に聞いたりして業務をこなす状況が見られた。慣れた頃には退任と言ったこともあった。要するに貴重なノウハウの継承がなく、非効率的であった。

 こうしたことから、役員全員を対象に、とりわけ部長及び班長の皆さんに役立つ活動要領と業務処理要領の細部を逐次制定し、誰でも、いつでもその手順に従って実施すれば容易に処理できるようにした。

 そのため、副会長時に、実際にやっている状況を調査確認し、問題のあるところ、改善を要するところなどを是 研究し文書化していつでも制定できるように腹案を準備しておいた。

 特に、かって班長及び部長を経験した折の経験と現状のやり方、将来の方向性を加味して案を作成した。

 会長就任後、役員会に提案し、再度意見を求め、討議したはのち決定した。

 これらは一冊にファイルし、各部長及び班長に配布した。引継ぎはこのファイルの処理要領を元にして行なってたもらった。

❺  町内の諸問題と改善を要する事項の把握と市への要望書の作成

 当時、まだ、パソコンが十分には活用されていない時代であり、要望書も手書きの簡単なもので、すべて市役所で調査確認して採否を行なっていたことから、自治会が主体的に改善箇所を調査確認して、充実した要望書を作成し、市役所担当課が要望書を見て全部がわかるように改善した。

 特に、現場の状況写真を撮影して添付し理解を容易にし、早期解決にむすびつけることにした。その後、要望書の作成要領を制定した。要望の達成率も向上した。また、その都度、進捗状況を自治会ニュースで知らせることにした。

 防犯灯、消化器・ホース・格納箱及び自治会建物鍵の管理台帳の整備

 役員になっても、 防犯灯、消化器・ホース・格納箱及び自治会建物鍵がどこに、何個どのように配置されているのかわからない現状にあったので、現場を確認し、管理台帳を整備して適正な管理を容易にした。特に、町内地図に防犯灯、消化器・ホース・格納箱の配置箇所を明示し、誰でもわかるようにした。

 こうしたことにより全体が常時把握でき、修理、更新などが迅速確実にできるようになった。これには結構時間がかかったが、役員の皆さんの協力で管理台帳も一覧表にして一目瞭然となった。一旦整備するとあらゆる面で役立つようになった。

 

神原町自治会ニュース NO1  平成17年(2005年)5月20日

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