元自衛官の時想(78) 重大事案・事故・不祥事の初動対処とトップの資質・能力

1    重大事案・事故・不祥事の初動対処への関心と岡目八目

    毎日の新聞テレビで報じられる様々な重大事案・事故・不祥事に接するたびに、トップの初動対処が話題となることがある。

    阪神淡路大震災東日本大震災の時の総理大臣から大会社の不祥事の社長の初動対処などいとまがないほどである。何事も渦中の人になると見えないが、第三者は岡目八目で意外に冷静に見ることができるのではなかろうか。

    とりわけ、自衛隊の組織で常に緊張感を持って緊急対処に備えた生活を長年したせいか、当事者のトップが「最大の危機」においていかに初動対処するかについては関心を持って見守っている。

2   重大事案・事故・不祥事の初動対処とトップの資質・能力

   重大事案、事故・不祥事が生起した時、初動対処の有り様を新聞・テレビで拝察するたびに、上は総理大臣、各大臣から政党の党首、団体組織の長、法人大企業の社長等、いわゆるトップの資質能力で最も必須なもの、真に求められるものは何かについて,常に強い関心を持つものである。その理由は、トップの資質能力の如何が、大は国家の命運を決するものから、小は団体組織の盛衰を左右することになるからである。

    トップに求められる資質・能力は何かを問われれば、自衛隊用語でズバリ表現するならば、「指揮統率力」である。合法的な指揮権を行使する指揮力と部下隊員を心服させる統率力である。この言葉の中に全てが包含されている。

    世間一般からすると、緊急対処に際してトップに求められる資質・能力は、人に尊敬され人を使いこなす能力、総合的判断力、決断力及び強固な意思と実行力ではなかろうか。長い人生において、幾多の見聞、経験を通じての私なりの確信でもある。

3   非常事態の初動対処にトップの資質・能力が明白となる

   高位のトップにとって、非常事態の初動対処における的確な判断・決心・実行こそ最大の責務であり、他のものが取って代わる事ができないものである。その最も重い職務と責任を果たす基盤はトップの資質・能力にある。

   この資質・能力がどれか一つでも欠けたらダメで、全てを兼ね備えていなければならないものだ。側から見て全てを備えているように見えても、最悪の事態、いわゆる危機に直面したとき、その人の真の資質・能力はどれほどのものかが明白となる。危機対処に際し、存分に資質・能力を発揮した人と発揮できなかった人との区別は明白となり冷徹に峻別されることになる。

    特に当該のトップを取り巻く人々には、危機対処に際して事態を直視し、トップのどこが欠けているか一番よく分かるものであるが、多くは黙して語らずである。しかし、こうした重大な危機への初動対処の成否は、多くの国民が審判・評価をくだすことになる。

   危機対処においては、次善はない。最善の的確な対処が求められる。従って、トップに求められる資質・能力のどれか一つがかけても致命傷となり、「その任にふさわしくなかった」「その器でなかった」「適材でなかった」と世間から評価されることになる。

    一方、見事に危機を乗り越えたトップは高い評価を受け、名声を博することになる。

    そのような重大事案・事故・不祥事に直面することは、在任間に一度あるかないかであるが、的確に対処したかどうかは時間の経過とともに明確となる。言い訳は通用しない。やり直しがきかない。たった1回のことで評価が決まる。それが本当の本人の資質・能力であるからであるからだ。その実例は、過去にあまた見聞してきた。

4    平時におけるトップと組織の機能

    実は、トップの最悪の非常時における資質・能力が試されることはそうそうあるものではない。その人の在任間にこうした危機はあるかないかであるからである。 それは多くの場合、99.9%は平時であるからだ。多少の危機的な事案が発生しても、がっちりした組織はそれほど揺らがないものである。

    なぜならば、平時・通常であれば、しっかりした組織の頂点に立つトップは、専門幕僚組織の上に乗っておれば円滑に運営され、何事もなく終わることが多い。全ての情報が適時・迅速に上がり、分析検討され、状況判断が整斉と手順通り行われ、対処すべき策案も明確となり、最善の対処を決心し、実行を見届ける事ができるからである。

   これらは平時において、しっかりした組織であればあるほど、恒常的・日常的に行われている事で円滑に運営されていくものだ。したがって、このトップの資質・能力に一つや二つかけるものがあっても、幕僚等の適切な補佐によって、露呈する事なく進んでいくものである。

5   トップの資質・能力の修練と向上

    私の見聞からすると、突発的な非常事態が生起した時、全く予期もしないときに、突如としてやってきた極めて困難な重大事態・事故・不祥事の発生に対して、情報の錯綜と混乱の真っ只中で冷静沈着にして的確に状況を把握判断し、迅速に対処方針を決断し、確固たる信念を持って対処策を実行させる資質・能力は、家柄、学歴、学力などではなく、持って生まれた資質・能力と修練・研鑽努力・経験から培われてくるものではなかろうかと思う。

    人がトップに求められる資質・能力の全てを兼ね備えることがいかに難しいかは、古今東西の歴史を紐解けばわかる。現代においても日常朝飯時に起きる各種の重大事案、事故,不祥事を見てもよく分かる。対処に成功したと思われる事例、失敗と思われる事例は山ほどある。

    トップの資質・能力が明確となる時は、突発的に発生した事態、最も対処が困難と思わしたれるときに、的確に事態を判断し、やるべきことを毅然として、強い意思を持って示し、いかなる困難があっても実行する能力である。

    持って生まれた資質・能力も磨かなければ発揮できない。一般的には、段階的に責任あるポストに就き大小の危機的な経験を重ねて向上する事ができるものである。

  「補職・ポストが人を育てる」という言葉がある。多くの組織は段階的に上位に進んでいく職位を設け人材を育成している。その間、危機的な事態に遭遇・経験しながら資質・能力を高めていくものである。

     組織のトップに立つ人材は、上位の補職・ポストと選別によって育成される。常に緊張感のある危機管理のポストにあり、いついかなる時でも万全の対処腹案と度胸を持った人材を組織として育成できるかどうかが国家や組織の命運を左右するのはいつの時代も変わらないのではなかろうか。

    国家・社会・組織はは人で成り立っている。人は全能ではない。世の中はその道の専門家がいるものである。的確な判断決心と実行のために「人を使いこなす能力」がトップの資質・能力に不可欠である。さらに、人が人を動かすには心服させるトップの統率力が求められ、一言で「指揮統率力」ではなかろうか。