老いる時想 (44)  臨機応変が求められる日常生活

1   熱中症と行動中止の判断・決断

    日本列島は高気圧に覆われ、広い範囲で気温が上昇し、先日は京都府舞鶴市鳥取市で38..2度を記録するなど35度以上の猛暑日となる地点が相次いでいる。新聞テレビでは、熱中症、その可能性のある死者が7人に上ったと報じた。  

   今朝も太陽をまともに受けるとそれだけで猛暑に襲われている感じである。早朝孫と同伴お泊まりの犬の散歩、資源ごみの集積所への手運搬を行なったが、それだけでも汗が吹き出してきた。

   先日は朝方曇り空であったので、午前7時半から2時間、健康広場のグランドの除草整備を行った。作業を終える頃には日差しが強くなり気温が上がってきた。予想以上に大汗をかいたので、まだ未実施部分があったが、次の機会にやれば良いと判断し、余裕のあるうちに適当に切り上げてシャワーを浴びて休養した。

    これほど熱中症が社会の話題になった時代はないのではなかろうか。毎年、この時期になると、昔から 熱中症について一般的な注意喚起が行われてきたが、今年の場合は西日本の豪雨災害における甚大な被害と猛暑の来襲は過酷なものであり、熱中症対処について国民一人ひとりの意識が高まった。

   西日本豪雨災害を境に従前と熱中症予防・対処について国民の意識が大きく変わったのでなかろうか。それぞれが英知を絞ってこの危機を乗り越えていく必要があるではなかろうか。      

   最近は猛暑・熱中症の注意報、警報などがこまめに気象庁から発表されてる。テレビの毎時の天気予報でも熱中症についての予防を呼び掛けている。とりわけ、本日は39度予想もあり、最大級の熱中症の厳重警報が出されている。ここまでくると新しい自然災害の一つとも言える。国家的・組織的な対処が必要とされてるのではなかろうか。

    組織的対処の基になるのは、個人個人が天候・身体の調子などの状況判断と自らの主体的な行動をする決断が求められている。

2   臨機応変の対処  

 「臨機応変」という言葉がある。どんな場面でも固定観念や慣習にとらわれず、状況に応じて臨機に対処していかなければならない。人間の日常生活の過ごし方に決めはない。職業人としての現役と異なり、高齢者の日常生活の過ごし方に定型はないが、現役を退いており、一般的には自由に過ごせる利点がある。

    そうかといって、過度に熱中症熱中症と恐れて家の中にじっとしているだけでは解決しない。熱中症の恐怖症だけでは身体の調子を損ねかねないからだ。こう暑くては体力気力が萎えていくのがよくわかる。

    炎天下の作業など高温の時間帯を避けながら、朝晩の少し涼しくなる時間を見計らって、屋内外での作業で身体を動かし汗をかく一方、相応の水分をとって体調管理をしながら作業を進めることが、健康につながっていくのではなかろうか。

 高齢者といえども、積極的に日常生活の静と動を臨機応変に取り入れると健康管理に繋げて行きたいものである。 

3  発想の転換と空調のきいた室内の輪投げ    

    こうした状況を踏まえて、どうしたらよいか考えたときに発想の転換が求められているように思う。その実例を紹介しよう。

 毎週水曜日は午後は2時間、シニアクラブの水曜会に参加し、冷房の効いた神原会館の集会室で輪投げを行っている。熱中症熱中症と警戒すぎてテレビの子守ばかりしていると体を動かす機会が少なくなって来るので、適度の冷房の室内の輪投げなどの参加は臨機応変の類である。

 屋外の運動ができなければ、それに代わるものとしては、空調の完備した室内競技、輪投げなどがあるからだ。自然に体を動かし、身体の抵抗力を高め、健康管理に繋がっているので参加率は高い。

 シニアクラブで取り入れている輪投げはただ投げるだけではなく、競技方式とし、全員参加賞の他、総合得点で順位をつけ、毎回、上位賞三つと飛び賞三つを設け参加意欲を高めている。

    これが意外に面白く、競争心を生んでいる。常に笑いがあり、競技には集中力と技術力を要している。また、その日の調子と付きもあり、勝負は最後まで何とも言えないところがある。早くから輪投げが高齢者集団に取り入れられた先見の明のようなものを感じるのは私だけであろうか。 

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《 平成30年7月22日朝、神原町コスモス花畑、7月初旬にまいたコスモスは連日の猛暑に負けず順調に成長している。 》