元自衛官の時想( 38 )   平成29年度政策提言書に寄せて(2)1.憲法改正

    平成29年11月.公益社団法人隊友会」、公益財団法人「偕行社」、公益財団法人「水交会」及び航空自衛隊退職者団体「つばさ会」の4団体が合同して作成された「平成29年度政策提言書」が発表された。

    この提言書は、長年にわたって国家防衛の任務に服したOBと現職の声なき声を代弁する内容のある提言と言って過言ではない。政策提言に寄せるOBとしての思いは、28年度政策提言書が発表された折に、ブログに記した。

 2016-11-17 元自衛官の時想(9)   隊友会・偕行社・水交会・つばさ会の4団体の「政策提言」に思う

OBとして29年度政策提言に寄せる思い

❶    わが国の国家防衛の第一線にあって任務を全うしたOBとして、この政策提言書は、今日 厳しい環境下で世界各地における国際平和協力活動や国内での諸活動・訓練に励んでおられる自衛隊員の皆様の任務達成と安全を支える立場からも、国家存立の基本である安全保障・防衛について国民の皆様の理解が一層深まることを願ってやまない。

❷ 世界のどの国家であっても、憲法等の国家の基本法には、国家防衛、軍隊について明記している。憲法上、国を防衛するための実力組織を明記し、その地位・役割を明らかにすることが必要と考える。それは国家の平和と独立、国民の生命財産の保護・主権の基盤をなすものではなかろうか。この政策提言書の内容は多くのOBが現職当時からの長年の願望であり、政治的な駆け引きは全くなく、現実を踏まえ長期的視点に立った、実によくまとめられた内容と確信するものである。

❸ 国家の安全保障・防衛は、憲法とこれに基づく諸法令に基づいて行われる。民主主義国家おいては、国民の支持と国民から選ばれた政治によって達成されるものである。政策提言とされたゆえんもここにあるであろう。防衛省の防衛政策、防衛諸計画の策定はもとより、国会における安全保障、防衛政策の審議・議論、政党の政策策定・提示にあたり、この政策提言書が、一人でも多くの方に理解され支持されることを願うものである。

【 平成29年度政策提言内容 】 隊友会ホ-ムベ-ジ 出典)

憲法の改正
 本年5月、総理が、2020年までに憲法改正を実現する方針を表明され、また、憲法9条問題について自衛隊の存在を何らかの形で規定する方針を打ち出されたことは、我々のこれまでの提言とも方向性が一致し、評価すべきものであります。また、我々がこれまで主張してきた以下の4 項目についての改憲議論を大いに加速させるものと期待されます。
 一方、隊友会は、我が国の国力に応じた責任と役割に対する国際社会の期待が高まる中「憲法上、国を防衛するための実力組織を明記し、その地位・役割を明らかにすること」を目指して全国署名活動を行い、78万余の賛同者を得て、平成18年6月衆・参両議院に請願しました。
 以下、署名活動の目標であり継続的に提言してきた「国を防衛する実力組織の保持並びにその地位及び役割の憲法への明記」と国防組織にとって重要な「軍刑法の制定及び軍事裁判所の設置」について現状を踏まえ提言します。
   また、近年の大規模自然災害や北朝鮮による弾道ミサイル発射事案を契機として議論が高まってきた緊急事態条項を定めること、そして、我が国防衛のためには国民の国防意識の高揚が不可欠であることから、国民の国を守る義務を明記することを提言します。
(1)国を防衛する実力組織を軍(国防軍)として憲法に明記
 国家の最も基本的な役割は、国際社会における国家の存立を全うすることにあり、各国はそのための最終的な手段として実力組織を保持し、憲法等にその保持を明記し、あるいはその編成等の権限について規定しております。
 我が国においては、昭和25年朝鮮戦争勃発を契機として国内の治安を維持することを任務とする警察予備隊が、所謂ポツダム政令である警察予備隊令により創設されました。その際、警察予備隊違憲であるとする訴訟が起こされましたが、実力組織の保持を憲法に規定して疑念を払拭すべきであるとの意見は議論の俎上にも載りませんでした。

    その後、警備隊、保安隊、次いで陸海空自衛隊へと名称は変わりましたが、今日に至るまで「自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない」(昭和29年12月22日衆議院予算委員会における大村防衛庁長官答弁)とする解釈により自衛隊の存在の正当性を説明し防衛政策を推進してきました。我が国は既に60年余りに亘り国の防衛の中核として自衛隊を整備し、その充実を図るとともに、隊員は多くの困難を克服し営々と真摯に隊務に励み能力向上に努めてきました。既にその実力は、内外で共に認められるところとなっています。
 国内においては、安全保障体制や自衛隊に対する国民の理解が着実に進み、平成19年には防衛庁防衛省となりました。内閣府世論調査においても自衛隊、防衛問題への関心が継続的に高まっており、平成27年の調査結果では「自衛隊に関心がある」との回答が7割を超えています。
 しかしながら自衛隊に関しては、組織・階級呼称、装備品の性能等に対する軍事的合理性に叶わない抑制、武器使用要件を刑法の違法性阻却事由に求めているかのような規定ぶり、更には侵略事態の規模や態様に応ずる合理的行動を阻害しかねない要因等の問題が残存しており、また、自衛隊憲法に違反すると非難を浴びたこともありました。これらは憲法由来のものと指摘せざるを得ません。
 一方、国外からは、冷戦が終結し地域紛争が多発する中、我が国の国力に相応しい貢献、特に人的な協力活動参加を期待され、我が国として、国際平和のためにより積極的な役割を果たすため、国連が実施する平和維持活動(PKO)に対する人的、物的支援を開始しました。自衛隊は我が国を代表して人的協力のための諸活動に取り組み、多大な成果を収めるとともに、国内外から高い評価を得てきました。平成19 年には、「国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」は所謂「本来任務」と規定されるに至っています。
 また自衛隊は、平成3年ペルシャ湾での機雷掃海作業を嚆矢(こうし)として海外での活動の幅を拡大し、イラク人道復興支援におけるクウェートソマリア沖・アデン湾海賊対処及び南スーダンPKOにおけるジブチのように、独自に海外に根拠地を設営して活動するまでになりました。

   その際、我が国は派遣先国との間で自衛隊等の地位に関する協定等を結んでおり、その内容は、諸外国の軍隊の地位に関する協定と同等のものとなっております。

 これは、自衛隊が軍と見做されている一つの証左ですが、他方、国内的には軍ではないとされ、国内外で説明を使い分けているような不安定な地位にあり、国際社会から疑念を抱かれる可能性があります。今後の海外での活動に支障をきたさないためにも、憲法上の地位の確定が必須です。
 憲法公布から71年が経過し、国民の憲法に対する認識は大きく変化してきました。衆参両議院の憲法調査会の数年にわたる活動成果の報告並びに政党・マスコミ及び有識者らによる新憲法草案等の提示・提言など、改正に向けた歩みは着実な進展を見せており、既に憲法の改正手続きを規定する国民投票法も平成19年に成立し、平成26年6月には改正国民投票法が成立しました。
 また、ここ数年の間に実施された各種世論調査では、「憲法を改正し、自衛隊の存在を明記すべき」とする意見が概ね過半数に至っており、憲法第9条の改正という個別の質問に対しても、その幅はあるものの、賛成と反対が拮抗する状況になってきています。自由民主党が平成24年4月に提示した憲法改正草案にも憲法第9 条の改正が盛り込まれています。
 このような国内外情勢等に鑑み、憲法第9条を改正し、「国を防衛するための実力組織」の保持を軍(国防軍)として憲法に明記し、その地位・役割を明らかにするよう強く提言します。これにより、戦後日本の「国」の根幹に関わる憲法上の綻びを正し、国際化が一段と進んだ新たな時代における我が国の在るべき姿になるものと確信します。


(2)軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備
 現在の自衛隊に関する司法制度は、実力組織(軍)の行動規範は一般社会と異なるという点を考慮したものとなっていません。この司法制度下では、各種出動時等において、自衛隊の行動を律することに多くの困難を生ずることになります。
 実力組織(軍)の行動に係る刑法には、軍人は命の危険を顧みず任務にあたり、指揮官は時として部下に死を賭しての任務遂行を求めるという、軍事組織の特殊性が十分考慮されていなければなりません。一方、裁判の実施に当たっては、組織・任務の特性による秘密保全の確保、作戦行動に及ぼす影響への配慮、軍紀の堅持等のための迅速性の確保、等が要求されます。
   先ず軍(刑)法の観点では、現行の刑法及び自衛隊法における武力紛争中の違法行為に関する規定は、他国の軍(刑)法等に比較し漠然としており、刑罰規定も緩やかです。軍(刑)法は、指揮官が裁判に深く関与することから懲戒処分の延長の側面も有しており、戦闘集団の規律を維持するための手段として、網羅性があり、且つ妥当な刑罰規定を有する法体系でなければなりません。
 また、裁判制度については、憲法第76条2項において特別裁判所の禁止が謳われていますが、軍(刑)法を執行する機関として、先にあげた具備すべき要件を勘案しつつ、特別裁判所たる軍事裁判所を設置すべきです。
    更に、前項で述べた海外派遣における派遣国との地位協定にあっても、他の多くの国と同様に軍(刑)法としての独自の刑法を有し現地での法執行ができる態勢をとることにより、軍事組織に相応しい地位を確保し、隊員を任務にまい進させることができます。
 加えて、既に自衛隊は捕虜の取り扱いを担うこととされており、また、有事法制の中で策定された戦時禁制品の取り扱いも所掌することが予期されますが、それらは軍事専門的知識に基づき判断、処置すべきであり、軍事裁判所の付帯的な業務とすることが適当です。
 従って、各種出動時等における実力組織の構成員(軍人)の行動を厳格に律する(刑)法を制定するとともに、その裁判を所掌する軍事裁判所の設置を憲法に規定すること、その際同時に、部隊及びその構成員の義務・責任に相応しい栄誉と処遇に関する諸規程を整備することを強く提言します。


(3)緊急事態条項の整備
 安全保障法制整備によって、有事や大規模自然災害などの国家緊急事態に係る法的基盤が整備されつつあるものの、真に国と国民が一体となって対応する枠組みは未だ確立されていないと考えます。
 国家緊急事態の際、国民の生命や国土を守るべく国として最善の対処をするためには、たとえ法律で国民の権利・自由の制限が認められていても、憲法に根拠規定がなければ違憲とされる恐れがあり、緊急権を発動することは困難であると考えられます。
 近年の大規模自然災害や北朝鮮による弾道ミサイル発射事案を契機として、緊急事態に関する議論が高まり、平成26年の衆院憲法調査会においても憲法に緊急事態条項を設けるべきであるとの認識で殆どの党が一致しています。かかる観点から、憲法に緊急事態条項を整備することを提言します。


(4)国民の国を守る義務の明記
 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するためには、国民自らが国を守る義務を負うことを認識することが不可欠です。また、国の安全保障戦略に基づいて国際情勢に即して防衛体制を適切に確立・維持していく上でも、国民の国防意識の高揚が極めて重要です。

    国民が国を守る義務を負うことは個々の国民の好むと好まざるとに関わらないことです。国民には生存する権利や言論・集会の自由等の権利が与えられていますが、そのためには一定の義務を負うことを明確に定義しなければ、真に国防意識は定着しないものと思料します。
   現在でも世界の多くの国々で憲法に国民の国防義務を定めていることからも、根本的理念として国民が共有していることが伺えます。かかる観点から、憲法に国民の国を守る義務を明確に定めることを提言します。
 

【 平成29年度政策提言についての所感 】

❶ 国を防衛する実力組織を軍(国防軍)として憲法に明記

 〇  昨今、憲法第9条への自衛隊の明記について 、国会をはじめ国民の関心と理解が高まったことは喜ばしいことである。私が自衛隊現職時代は、憲法議論に触れることさえタブ-の風潮が強かった。議論・検討することさえ封じる時代から少しづつ普通の国家に立ち戻ってきていることを強く感じている。

 憲法の改正については、国民みんなが大いに議論すればよいのではなかろうか。憲法改正に関する国民投票の手続きも確立されており、各政党は自案を正々堂々と提示し、国会で大いに論戦をし、成案を発議して国民に問えばよい。

〇 自衛隊憲法明記についての世論調査結果

 産経新聞社とFNNの合同世論調査で、「国会は憲法改正に向けた議論を活発化させるべきか」との問いに対し、67.2%が「思う」と回答し、「思わない」の29.6%を大きく上回った。憲法自衛隊の存在を明記することについて、58%が賛成し、反対は33%にとどまった。自衛隊憲法明記に慎重姿勢が目立つ公明党の支持層も63.4%が賛成と答えた。

 国会発議の望ましい時期に関しては、48.9%が「年内である必要はない」と回答し、「年内」と答えた人は22.5%だった。改憲に向けた議論を「活発化させるべきだ」と答えた人を政党支持別で見ると、自民党支持層で80.9%、日本維新の会では83.3%に上った。公明党も63.4%に達したと報じた。

  また、毎日新聞によると、毎日・読売・NHKによる世論調査結果を次のように報じじている。

  〇  憲法自衛隊の存在を明記することについて、産経新聞社とFNNの合同世論調査で賛成58%、毎日新聞43%、読売新聞66%、NHK46%で、国民のほぼ半数が賛成であるとみてよいのではなかろうか。最近の傾向はほぼ同じ程度の推移をたどっている。  

   各社の設問の仕方に差異はあるが、国民の自衛隊への理解と考え合わせると、自衛隊について憲法に明記することは国民の理解が高まってきたことを示していると理解してよいではなかろうか。(調査結果と見出し、記事内容は省略する。)

〇 私は、政策提言書のとおり憲法第9条を改正し、「国を防衛するための実力組織」の保持を軍(国防軍)として憲法に明記し、その地位・役割を明らかにすることに賛同する。

   第一段階として、「自衛隊明記」で法的安定確保を行い、次いで、将来的には軍(国防軍)として、名実ともにその役割・機能を発揮していくためには、ゆくゆく❷を明確化しなければならないであろう。段階的にステップバイステップで行くか、最初から核心にせまるかは、国民の理解と信任の度合いなど政治情勢によるであろう。

    今後、憲法に関する国民的な議論がさらに活発に行われ、本来のあるべき姿、世界各国と同じ普通の国家の在りようへの理解が高まり、「国を防衛するための実力組織」としての国防軍の保持が明記されることを期待するものである。

❷ 軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備

    軍法と軍事裁判所と聞いただけで、驚く人が多いかもしれない。軍事知識に疎い日本ではなじみが薄いかも知れないが、軍事組織においては当たり前のことで常識である。軍隊で軍法と軍事裁判所がないなど到底考えられない。

   そこで、「国を防衛するとめの実力組織」たる軍(国防軍)と軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の整備は一体のものである。世界各国の軍隊でこれ等がないものはない。  

 実力組織(軍)の行動に係る刑法には、軍人は命の危険を顧みず任務にあたり、指揮官は時として部下に死を賭しての任務遂行を求めるという、軍事組織の特殊性が十分考慮されていなければならないからだ。

    一方、裁判の実施に当たっては、組織・任務の特性による秘密保全の確保、作戦行動に及ぼす影響への配慮、軍紀の堅持等のための迅速性の確保、等が要求されるからである。

❸ 緊急事態条項の整備

 緊急事態条項の整備は、早くから提起され、安全保障法制、各種災害対処で法律的には整備されてきたが、憲法上欠落しているとされている。なぜならば、国家緊急事態の際、国民の生命や国土を守るべく国として最善の対処をするためには、たとえ法律で国民の権利・自由の制限が認められていても、憲法に根拠規定がなければ違憲とされる恐れがあり、緊急権を発動することは困難であると考えられるからである。

  憲法に緊急事態条項を設けるべきであるとの認識は、殆どの党が一致しているようで当然のことと言えるのではなかろうか。

❹ 国民の国を守る義務の明記

  世界各国の憲法で、国民が国を守る義務を課している。わが国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するためには、国民自らが国を守る義務を負うことを認識することが不可欠である。また、国の安全保障戦略に基づいて国際情勢に即して防衛体制を適切に確立・維持していく上でも、国民の国防意識の高揚が極めて重要ではなかろうか。

❺ 憲法改正についての国民的な議論と指導者の役割

 戦後70年にして、ようやく憲法に関する議論が国民的に行われるようになった。世界各国において、憲法の改正が行われなかった国は珍しいといわれている。憲法も国際環境等国内外の時代の変化に応じて、国民が大いに議論をして国民投票によって正すべきは正したらよいと思う。

 政府や党を問わず、国家・政党の指導者を任じるものは、リーダーシップを発揮・主導し、正々堂々と己の所信を表明し、憲法の改正案を提示して、国民の信を問うことが求められている。先の衆議院議員選挙しかり、その信任結果・民意をもとに理解を深め、毅然として進むのが民主主義国家の姿ではなかろうか。