老いる雑感(34)   「老いは一気にやってくる」を避ける

    人はこの世に生を受けたら活動期を経て、いつの日か、必ず老いる運命にある。老いるということは、悲しむことでもなく、自然な姿であり、素晴らしいことである。

    その歳になれば、これを受容していくものだが、どう変わっていくかについては、あまり関心がない。男だからであろうか。どのように変わっていくのか、どちらかというと自分のことはあまりわからないということであろうか。

    一方、他人のことは、はたから見るとよくわかるものだ。老いていく状況は、容貌など身体的な変化、姿勢や言語動作など外形面からだけでもよくわかるようになる。内面的なことは、身近な家族でないとわからないものがある。

    私も、実際は、徐々に老いているが、誰もそのことを直接言ってくれるものはいない。誰もがそうであろう。したがって、他人の老いる姿を通じて己を知り、認識・自覚するしかない。

     こうした中で、高齢者が、急激な変貌を遂げるきっかけは、病気、怪我で入院した後であろう。久しぶりに会った時に、アッと驚くほど、一気に老いていく姿に接することがある。外形的なものにとどまらず、身体の機能低下が顕著となり、言葉を失うことがある。

    80歳を過ぎたら、老いが徐々にやってくるとは避けられないが、突然のゲガなどで入院して一気に老いることはしたくないものだ。ちょっとした怪我を避けるには、普段の生活において、できる限り体を動かしたり、何事にも積極的に反応することに尽きる。

    シニアクラブなど役員活動やボランティア諸活動に進んで取り組んでいるのはこうした思いが根底にある。活動が即、現状維持につがっていくからである。誰にも先のことはわからない。明日は良い日であろうと期待して明るく過ごすことであろう。