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昭和の航空自衛隊の思い出(412) 空幕人事第2班長職の総括(2)人事第2班業務の見直しと充員計画の作成

1. 空幕人事第2班所掌業務の見直しと充員計画の作成担当

 ❶ 空幕人事課長の特命 「人事課人事第2班所掌業務の見直しをせよ 」

  昭和60年(1985)8月 西部航空警戒管制団司令部人事部長から空幕勤務になるや、利渉弘章空幕人事課長から人事第2班の業務の見直しについて検討するよう特命を受けた。

 准空尉・空曹及び空士に関する人事業務については、群・団・方面隊・総隊等の各レベル、第一線部隊及び各級司令部の人事幕僚として実務経験を積んできたこと、特に焦点となる充員計画に関わる事項は、航空総隊司令部、西部航空方面隊司令部等で担当幕僚を経験してきたことから問題点の把握、分析検討及び対処策は自信をもって明確に打ち出すことができた。

   同年9月下旬には、「人事課人事第2班所掌業務の一部見直しについて」課長報告することができた。、この間、人事第2班長高橋和夫1佐1を中心に人事第2班全員の英知を集めて検討したものである。

 21年間にわたってだれも手を付けなかった問題に、利渉弘章空幕人事課長が着目され、特命をされた慧眼には敬服したものである。利渉課長とはCSの同期であった。

❷ 人事課人事第2班所掌業務の一部見直し 結果と報告

 検討の結果は、空幕内部組織訓令には「准空尉、空曹及び空士充員計画に関すること」は人事第2班の所掌であるにもかかわらず、昭和39年から計画の作成は人事計画室、実行は人事第2班が担当してきた。 准空尉、空曹及び空士人事の骨幹となる充員計画の作成・実行の一元化・一体化は、人事第2班の命脈であることを明記し、現状・問題点等及び解決策を報告した。

      次に掲げる文書は報告の基本となるものであるが、その他多くの現状の具体的な問題点等

、解決策の詳細な検討結果が残されていた。

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《 60.9.25人事課「人事課人事第2班所掌業務の一部見直しについて 」》

 

❸ 人事課人事第2班所掌業務の一部見直し結果の処理 

 変則的とはいえ、21年間の歴史は重かったが、航空自衛隊の将来、准空尉、空曹及び空士に関わる諸問題の解決のため熱誠をもって上司へ報告し、関係者の理解協力をお願いした。当時、報告に当たって、丹念に朱書したメモが残されていた。

 前任地で警戒管制団人事部長として、青年隊員の「俺の青春を返してくれ」との悲痛な声に応えるべく、離島勤務者の異動交流の推進に精魂を傾けたが、大きな壁にぶつかった。それは空自全体としての一貫性のある継続的で、きめ細かな、かつ、強力な異動交流の推進であった。

 その根源は、充員計画にあり、計画と実行の一元化は緊急の課題であった。

 幸いにして、人事教育部長・副部長の承認をいただいた。また、人事計画室の理解と協力が得られ、高橋和夫班長時代に、准空尉・空曹及び空士充員計画の作成が、61年度分から人事第2班担当となりスタ-トをした。人事計画室からの移管‣移行も円滑に行われ、以後、人事第2班が本来のあるべき姿になり、その機能を発揮できる体制が確立されたことであった。その後、人事第2班長を命じられ、主管班長として充員計画を手がけることができた。

❹ 今日から見た所感

 21年間にわたって継続実施された所掌業務を、内部組織訓令の通りに戻すことは、難題であったが、ときの利渉弘章空幕人事課長の慧眼と特命により見直し作業を行い報告をまとめることができた。世間で見るごとく、新しい事業を提案するより、すでに長年行われていた担当業務を他へ移管することは理屈では理解できても実際は難しいものである。

 空幕における人事第2班があるべき姿にかえり、一段と機能発揮するようになった。人事第2班にとって、准空尉・空曹及び空士充員計画は命脈であり、文字通り准空尉・空曹及び空士人事の総本山となることができた。その後、人事第2班長を拝命し、充員計画の作成と実行にあたることができて感慨無量であった。

 自衛官人生の最終段階において、最初にして最後の空幕勤務の機会を与えられ、ささやかながら組織の精強性に寄与できたのではないかと思たものである。

    今は遥か昔のこととなってしまったが、充員計画が人的戦力の形成のみならず、人事機能の異動や隊員の将来の生活設計にまでつながっていることを考えるとき、極めて重要な役割を果たしていたのである。