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昭和の航空自衛隊の思い出(402) 上司・先輩の人事部長に教導され、活躍の場を与えられた時代 

1.上司・先輩の人事部長に教導され、活躍の場を与えられた時代 

 昭和43年8月要撃管制幹部から転進して、人事幹部課程を修了し、航空警戒管制団群の総務人事班長となった。その後、指揮幕僚課程を卒業し、昭和48年7月から各級司令部の人事幕僚として勤務するようになって、当該の司令部においては、先達の人事部長に厳しく育てられた。

 人事幹部のなりたての頃は、方面隊司令部の人事部長は雲の上の存在であったが、各級司令部の勤務を重ねるにつれて、上司として直接指導を受けたり、多くの先輩の謦咳を拝し、人事担当者のあるべき姿を学び、啓発されたものであった。

 とりわけ、航空総隊司令部、西部航空方面隊司令部及び飛行教育集団司令部を中心に保安管制気象団、輸送航空団及び術科教育本部の大先輩である人事部長にはいろいろな機会に親しく指導をいただくことになった。

 まさに昭和48年から58年の10年間は、上司・先輩の人事部長に鍛えられ、活躍の場を与えられた時代であった。そこで  昭和52~63年代の航空総隊等の1佐職の人事部長 にどんな方が補職されたのか触れてみることにした。

2. 昭和52~63年代の航空総隊等の1佐職人事部長  

 今回は昭和の52年から63年ごろまでの10年間の航空総隊、保安管制気象団、輸送航空団、 飛行教育集団及び術科教育本部を中心とした1佐職の人事部長及び人事班長を当時のメモをもとに作成してみた。 

◼️航空総隊司令

🔵人事部長(1佐職)

菅原恒行(陸58)→高浪淳(陸60)→山田稔(陸60)→矢島精三(陸5)→下川正(64)→雨宮慶明(外5)→船橋道郎(外7)→  平山救馬(防1) 

🔵人事班長(1佐職)

澤幡敬武(陸58)→牛尼敬二(外3)→船橋道郎(外7)→渡辺融弘(外13)→瀬尾孝文(防5)→菊本十四治(外11)→山崎章(外46)

◼️北部航空方面隊司令

🔵人事部長(1佐職)

 浜峻(陸58)→小林昭二(陸60)→倉持静夫(陸外3)→石本雅章(陸外5)→辻端夫(外5)→平山救馬(防1)→兵頭俊策(外11)

◼️中部航空方面隊司令

🔵人事部長(1佐職)

有安亮一(陸59)→高橋文敏(海75)→竹本教道(28.3)→近藤治之(外9)→雨宮慶明(外5)→船橋道郎(外7)→式田健(外16)→荒井正躬(外25)  

◼️西部航空方面隊司令

🔵人事部長(1佐職)

 高橋英正(陸60)→鶴田孝一(62)→吉田孝(64)→村上昭吉(外1)→下川正(64)→深谷満雄(外7)→高澤市郎(防2)→山口俊男(防2)→松井芳弘 (防4)    

◼️南西航空混成団司令部

🔵人事部長(1佐職)

 川合行久(陸59)→小川安(61)→木通博行(外3)→飯盛康太(外7)→片野奐(外9)→和泉光保(外21)→永島脩一郎(防3)→  大木優(防6)     

◼️飛行教育集団司令部 

🔵人事部長(1佐職)

根本巌(陸57)→ 吉川文泰(陸60)→ 神藤武夫(陸外5)→小澤重信(内陸10)→伊窪幸雄(外3)→川又喜代次(外9)→井野英夫(防2)→勝山満(防)→ 坂本龍紅(外11) 

◼️輸送航空団司令部 

🔵人事部長(1佐職)

久次米徹志(外16)→   渡邊右二 (外13)→ 天沼幸雄 (外11)→  酒井寛治(外16)→  戸村英雄(外9)→力武保光(防3)→  安村博(外25)

◼️保安管制気象団司令部 

🔵人事部長(1佐職)

高浪淳(陸60)→神藤武夫(陸外5)→佐藤信(陸外5)→木通博行(外3)→

江口勝(外7)→  牛尼敬二 (外3)→  片野奐(外9)→蓮見武男(防1) 

◼️術科教育本部 

🔵人事部長(1佐職)

小西信安(陸59)→不破奠(海75)→山田昇 (陸外5)→山沖和人(62)→

木通博行(外3)→江口勝(外7)→ 和泉光保(外21)   

◼️補給本部

🔵人事科長(1佐職)

五ノ井国男(外18)→  高橋和夫(外31)

 昭和62年ごろ1佐職になったと記憶している。