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こころのふるさと(29) 故郷の鳥取中部地震と対処

1.  故郷の鳥取中部地震

   昨日10月21日午後2時7分ごろ、鳥取県中部を震源とする地震が発生し、同県倉吉市湯梨浜町北栄町震度6弱を観測したとのニュースが流れたのでビックリした。

 当日朝は、ブログで郷里の「羽合中学同級会」を取り上げたばかりの後だけに故郷を震源とし地震発生で驚いた。

 気象庁によると、震源鳥取県中部で、震源の深さは11キロ。地震の規模を示すマグニチュード(M)は6.6と推測される。津波の心配はないということであった。

 以後、頻繁に余震が続いており、鳥取県倉吉市湯梨浜町北栄町に災害救助法適用を決めた。政府は21日、官邸対策室を設置、防衛省は被害状況把握のため美保基地に陸海空の航空機を集中させた。警察庁は、警備局長をトップとする災害警備本部を設置。鳥取県倉吉市岡山県警島根県警による広域緊急援助隊を派遣した。

    今後の地震の動向に注目し、被害発生が少ないことを祈っている。

 

2.自衛隊機、被災地に自主派遣

 自衛隊OBからすると、自衛隊鳥取県中部地震への対応いかにと注目していたら、産経新聞 10月21日(金)16時11分配信によると、次の通り自主派遣したことが報ぜられ安心した。

 防衛省は21日午後に鳥取県中部で震度6弱地震が発生したことを受け、被害状況を把握するため陸海空自衛隊の航空機やヘリコプターを被災地に自主派遣した。鳥取県知事らから災害派遣要請があれば、政府は自衛隊部隊を派遣する。
 統合幕僚監部によると、派遣されたのは航空自衛隊美保基地鳥取県)のT400輸送機、築城基地(福岡県)のF2戦闘機2機、海上自衛隊舞鶴基地(京都府)と小松島基地徳島県)のSH60哨戒ヘリ、陸上自衛隊八尾駐屯地(大阪府)のUH1多用途ヘリなど。

 

3.天災地変は身内の安否確認

   地震発生の二ュ-スで、私の故郷である「湯梨浜町」が出てきたから、一番先に頭を過ぎったのは、6人の兄弟姉妹のうち、4人亡くなり姉と一番下の自分だけとなったので、独りで暮らしている姉がどうしているかであった。

   しばらくして、姉のところに電話したが応答がないので、郷里の甥たちに電話して地震の被害状況と安否を確認したら、姉は近くの公民館に避難していることを知って安心した。

     天災地変となると、まず先に、身内のものに大事がなかったかと案じるのが人の情というものである。

 

4.鳥取地震の思い出と親父の姿

 今朝の新聞を読んでいて、解りやすい図表が掲載されていた。 

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 《 28.10.22産経新聞掲載の切り抜き 》

 この図表で見ると、鳥取県では、古くは伯耆地震伯耆・美作の地震から、昭和18年(1943)に最大震度6を観測した「鳥取地震」(M7.2)、平成12年(2000)に震度6強を観測した「鳥取県西部地震」(M7.3)などが起きている。鳥取地震の約半年前にはM6.2の地震が2日続いて発生したことがあったという。

 私が、郷里で体験したのは  、小学3年のときの最大震度6を観測した「鳥取地震」(M7.2)であった。打ち続く余震でおびえた時に、父が動揺することなく泰然として対処したことが強く印象に残った。すぐそばの砂浜の小屋で一晩過ごしたことがあったことを覚えている。いつの時代も天災地変は突如としてやってくる。どんなことがあっても家族の長・男子たるものはたじろかないで対処する事を教えられた。自衛隊に入隊し、在任間もその気概を持ち続けた。