昭和の航空自衛隊の思い出(353) 空幕人事課人事第2班長在任間の陣容と執務風景

    平成62,年(1987)6月~63年(1988)1月ごろにおける空幕人事課人事第2班fは、班長以下8名の陣容で、航空自衛隊全般の准空尉・空曹及び空士約3万7千名の人事に関わる施策、充員・異動・昇任・昇給等の業務を担当した。

   人事課各班の事務室は壁面ロッカ-等で仕切られており、事務室はこじんまりとしていたが、どちらかと言うとやや狭かった。

 ❶  夜の人事第2班の執務風景 平成62年(1987)6月末

    平成62年(1987)6月末における空幕人事課人事第2班は、人事第2班長2佐(62.7、1佐昇任)濵田喜己(部内23期)、2佐桒原主税(部外46期・CS27)、3佐石田敏晴(防大19期・CS33)、曹長(63.1准尉昇任)染谷忍、2曹福田文紀、事務官山下道朗、事務官大堀健及び事務官安斎敬子であった。後半で2曹福田文紀の後任として1曹髙橋栄二が加わった。

     空幕勤務の特性は、勤務時間が長い事であった。昼間は、各種の会議等に出席したり、状況把握・調整・報告 したりして電話のやりとり、人の出入りが頻繁、多忙であった。庁内の食堂で夕食をとってから夜8〜9時頃まで仕事をすることが多かった。担当業務の仕上げで忙しい班員はそのまゝ徹夜して作業を行い、資料や計画を作り上げたものであった。

     この時間帯になると、部隊からの電話もなく、落ち着いて班内討議、通達案の起案、諸計画の立案ができる、作業効率の上がる時間であった。庁内の各棟はこうこうと灯が灯り不夜城のごとくであった。

    人事第2班関係ではあまり関係なかったが、国会開会中は野党議員の質問があるときは、夜中に翌日の質問内容が分かるのが通例で、このため待機することもあったように記憶している。

 私の経験では、夜の9時過ぎ退庁しようとしていたら内局から電話がかかり、人事第2班所掌業務関連の質問があるとのことで、回答内容の確認を求められたことがあった。今はこうした悪弊はなくし、時間を決めて質問内容を通知をするようになったと報ぜられたのが印象に残っている。

    人事仲間、同期など知人との懇親会ともなると早々に切り上げて出かけたものであった。 

    幕内での宿泊は、演習等を除き特別ベッドがあるわけではなく、部隊と違って過酷な状況下にあった。通常は机の上を整理して、毛布をかぶって仮眠する事が多かった。

   班長になってからは、基本的に庁内に泊まらないことにした。やむを得ないときは、班員が長応接ソファを用意してくれて寝たことがあった。

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 《 左から山下事務官、班長濵田2佐、桒原2佐、大堀健事務官 》

 

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 《 左から、-石田3佐、班長濵田2佐 》  

 

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 《 左から山下事務官、石田3佐、班長濵田2佐、桒原2佐、大堀事務官 》

 

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《 左から福田2曹、山下事務官、石田3佐、班長濵田2佐、桒原2佐 》

 

❷  昼間の人事第2班の執務風景 昭和62年(1987)11月30日

 平成62年(1987)11 月における空幕人事課人事第2班は、人事第2班長1佐濵田喜己、2佐桒原主税、3佐-石田敏晴、曹長(63.1准尉昇任)染谷忍、2曹福田文紀、事務官山下道朗、事務官大堀健及び事務官安斎敬子であった。メンバ-に異動はなく、 落ち着いた毎日であった。

  桒原2佐が総括・施策、石田3佐が充員・異動等、山下事務官が昇任等を担当し、その他の班員がそれぞれを補佐していた。

 日中は、担当者会議、部隊とのやりとり、幕内の調整、状況報告、資料作りから始まって通達案の起案、諸計画の立案と班員は多忙な毎日であった。 

   少人数であったが、それぞれが実力を発揮して、他班に負けない仕事をしてくれた。忙しい中にも和気あいあいとした雰囲気があり、誰一人病気にならず職務を全うしたもである。班員はみんな資質能力に優れ人事部門を背負って立つ人材が揃っていた。

人事第2班長の重責が務まったのは、班員の支え無くして出来るものではなかった。チ―ムとして働いたという実感が強かった。今日に至るも感謝あるのみである。

 

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 《 左から班長濵田1佐、桒原2佐 》 

 

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《 左から山下事務官、石田3佐 》

 

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《 左から桒原2佐、染谷曹長 》

 

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《 左から福田2曹、山下事務官、石田3佐 》

 

❸ 新春を迎えた人事第2班の陣容  平成63年(1988)1月4日

 平成63年(1988)1月における空幕人事課人事第2班は、人事第2班長1佐濵田喜己、2佐桒原主税、3佐-石田敏晴、准尉染谷忍、1曹髙橋栄二、2曹福田文紀、事務官山下道朗、事務官大堀健及び事務官安斎敬子であった。

 御用始め日は、昇任申告、幕僚長訓示、長官訓示の後、通常の勤務に移行し、午後の部長所定の時間になってから人事課新年の会・親和会総会を開いた。

    班の業務は整斉と進行し、班長職も自信をもって遂行していた。後半になると、積極的に部隊訪問しては、空幕の人事施策の周知徹底を図るため、准空尉・空曹及び空士の経歴管理基準、勤評制度、自己申告制度など講話・説明したりした。

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 《左から、事務官安斎敬子、人事第2班長1佐濵田喜己、2佐桒原主税、准尉染谷忍、1曹髙橋栄二、2曹福田文紀、事務官山下道朗、事務官大堀健及び3佐石田敏晴 》