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昭和の航空自衛隊の思い出(347) 空幕人事課人事第2班の陣容

 昭和60年(1985)8月防衛庁航空幕僚監部勤務となって、人事課人事第2班において総括となり、班長を補佐した。当時の人事第2班の陣容は次の通りであった。 (班長拝命後の陣容は後ぼどふれる事にする。)

 班長1佐髙橋和夫(部外31期・CS24)・2佐濵田喜己(部内23期・CS21)・1尉石田敏晴(防大19期・CS33)・曹長久米五三六・2曹福田文紀・事務官廣田正博・事務官有賀典之・事務官岩間幸子の8名であった。

 懸案の准空尉・空曹及び空士充員計画の作成が人事第2班の担当となり、61年4月2佐竹村肇(防大12期・cs27)が増強された。同年8月曹長久米五三六の後任に曹長染谷忍が着任した。同年9月事務官岩間幸子の後任に事務官安斎敬子が、同年10月事務官有賀典之の後任として事務官大堀健が着任した。

 髙橋1佐は、指揮統率に優れ、目配りのきく班長であった。竹村2佐は温厚にして識見技能に優れ着実に班の精強化に寄与していった。石田1尉(3佐)は、馬力のある勇猛果敢な人事幕僚で理論派で業務処理に優れていた。久米曹長は人事業務に精通し神様的存在であった。染谷曹長は人事業務処理に優れた堅実な上級の人事空曹、福田2曹は若手の有望株、広田事務官は人事業務能力に優れ、新進気鋭の新人の有賀事務官と大堀事務官、心の優しい岩間事務官と安斎敬子とよくまとまった班であった。

 人事課の旅行のほか人事2班だけの親睦一泊旅行をしたことが強く印象に残っている。又メモによると、仕事を終えてから髙橋班長、石田君、久米君としばしば飲み会をしたことが記されていた。それだけ公私にわたり団結していたといえる。 

 

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《 人事第2班、左から石田1尉・濵田2佐・髙橋1佐・福田2曹・廣田事務官・岩間事務官・有賀事務官、(久米曹長教育講習中) 》

 

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《 人事第2班の青梅市のゆずの里で一泊旅行、女性は一人だけだったので、幕内でのお友達二人に入ってもらうようにしていた。》