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昭和の航空自衛隊の思い出(346) 離職者人事記録のマイクロフイルム化

1.   新規事業の提案 

  中央官庁の一番重要な役割は、所掌事項に関する施策を決定し、所要の予算確保と執行がある。 空幕勤務になって、部隊勤務と一番違った点は所要の予算確保であった。人事関係の予算の大部分は既に継続事業化されているものが多かったが、昭和61年度は62年度新規事業として「離職者人事記録のマイクロフイルム化」に髙橋和夫班長の下で班の総力を挙げて努力し、予算化することができた。

 予算業務に従事して、空幕の機能と役割の重要性を再認識することができた。予算化する過程を経験し、任務遂行、部隊運営と所要の予算の確保がいかなるものか知ることとができた。

2. 離職者人事記録のマイクロフイルム化

 当時の日記によると、昭和61年4月1日には、62年度業計(事業提案)1読が始まり、「離職者人事記録管理態勢の整備のためのマイクロフイルム外注撮影の取得」について、髙橋和夫班長が15分間説明したことが認められている。前夜は班長以下幹部は庁内に泊まり込んで説明資料の再点検と打ち合わせを行った。

 4月16日は内局経理局長説明資料(マイクロ・異動交流・その他)を作成した。

    空自の離職者は昭和29年創設以来数万名に達していた。離職者人事記録は全国の部隊・機関から空幕に送付され、府中基地の倉庫に収納していた。

    ちなみに、59年度離職者人事記録は、 52箱約2.500名分であった。府中基地の倉庫は老朽化し満杯となりつつあり、離職者の叙位叙勲の申請、離職者の照会等のたびに、人事2班の担当者が府中基地へ出張し、大量の人事記録の山から当該記録を探し出して持ち帰り書類を作っていた。

    これを、マイクロフイルム化し、人事2班の検索機でたちどころに該当人事記録を抽出しようとするものであった。人事業務の迅速化・合理化・適正管理に資するものであった。

    当時、陸・海幕も導入ており、他省庁も採用しているところもあった。むしろ事業提案が遅かったように感じていた。

    予算規模は、数千万円であつたが、創設以来分が処理できれば、毎年度分の継続予算となるものであった。

    空幕在勤間の終わりの頃に初度の導入が終わり、認識番号や氏名で即座に検索し、所要の内容が把握できるようになった。

    今日は、コンピュータの時代、更に改善充実されたであろうと推察する。

3.事業提案と予算に関する真剣勝負

     事業提案は、斑・課内で練りに練った内容であっても、幕内での会議においては、徹底した討議・審議が行われ、核心をついた鋭い質問、反対意見、不備点・改善点の指摘、さては用語使い方一つでも、明快にして、的確な説明、反論と説得力のないものは次年度回しや更に継続検討して再提案と、冷徹に処理判定されていった。

    ケンケンガクガク、白熱の徹底した議論に絶えた事業だけが生き残る厳しい審議であった。

   特に、新規事業は全員の賛同を得るには、航空自衛隊の任務遂行に必要不可欠であり、内容はもとより将来性・先行性・合法性・論理性・合理性・予算性・効果性・継続性などに優れ、誰もがなるほどと納得するものであることが求められた。

    担当幕僚の論旨明快で説得力のある説明力、自信に満ちた態度動作、いかなる質問・反対意見にも即座に対応して、相手を納得させる迫力のある説明がなければ、提案も保留となる運命にあった。 そこには幾万の部隊・隊員の要望が実現できるかどうか担当班の能力、担当幕僚の力量にかかっていた。

    一見どんなに優れた事業提案であるかに見えても、幕内の優秀な幕僚が寄ってたかって弱点を突き内容を完ぺきなものにする努力に対して、即座に的確な回答・説明がてきなかつたりしたり、もたもたする場面があったりすると再度の提案や次年度まわしになる冷徹な場面を直視することもあった。

    したがって、事業提案・予算化は空幕幕僚の「真剣勝負の場」「策案の戦争」であった。そこには正しく「戦いの原則」が生きていた。

 4.   離職者人事記録のマイクロフイルム化の事業

   こうした経過を経て、空幕内で62年度新規事業として認められ、内局説明の後、大蔵省(現財務省)の防衛庁予算担当・主計官への説明は、高橋和夫班長と私の二人で出かけた。初めて大蔵省に足を運んだ。ここがかの有名な予算時期になるとよくテレビで映し出される大蔵省かと眺めたものであった。廊下の椅子に腰掛けて順番待ちであった。いよいよその時期がやってきた。

    室内に入ると机があり、航空の予算担当・主計官の前に座り、ただちに事業の概要と必要経費、必要性を説明した。若干の質問があり、分かりましたということで退出した。どちらが説明したのか定かではない。

    当初から、説明は5分以内で終わるように指示されていたので約束を守った。担当官の感触もよく年末の大蔵内示で確定した。

    今日、防衛予算、政府全体の予算案などの報道に接するたびに、どんな予算であろうと担当者の奮戦が頭に浮かんでくる。最初の経験は強く記憶に残るものだ。その後所掌の人事関連の予算に関わることになった。

    現場の部隊では想像もつかない活動が、防衛の総本山では昔も今も展開されている。