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昭和の航空自衛隊の思い出(337) 人事第2班の所掌業務の見直しと機能発揮

1.  空幕人事第2班の所掌業務の見直しと役割

   昭和60年(1985)8月航空幕僚監部人事課勤務となり、人事第2班に配置されて以来、人事課長利渉弘章将補の特命を受けて取り組んだ事柄の一つは  「人事第2班の所掌業務の見直しについて」であり、その主柱となる「年度准尉・空曹及び空士充員計画」に重点を置いて作業した。   

 この問題が解決できれば、人事第2班は名実ともに航空自衛隊の准尉・空曹及び空士に関する人事をつかさどる総本山としての機能を備え発揮できる体制が確立されるからであった。

 同年10月末には、人事第2班の所掌業務の見直しについて 、髙橋和夫 人事第2班長と一緒に石塚勲人事教育部副部長へ報告した。逐次段階を経てある期間があって最終的には本来の姿に戻ることになった。 その間、当然のごとくかなりの反対・抵抗があったが、落ち着くところへ落ち着いた。

    当時の状況について、細々したことの記録はないし忘れてしまったが、同年10月30日の日記には「組織の固守」と題して次のように認めていた。

「人事第2班の所掌業務見直しで感じることは、一旦時代の要請で設けられたものは十数年後に時代の変化があろうと、築いた組織は絶対に固守して行こうとする人間の習性は恐ろしいものだと思う。将来に向かって大きく目を開くことが必要ではなかろうか。」とあった。

 後で振り返ってみると、この准尉・空曹及び空士の充員計画に関するテ―マは表面化しなかつたが、人事課の懸案事項であったと思われる。利渉人事課長の頭の中には、人事第2班機能の強化構想があって、私の空幕異動配置が連動していたものと思われる。

   私の人事課着任直後における利渉人事課長の先見性のある特命から始まった「人事第2班の所掌業務の見直し」は充員計画が数から質への転換を迎えようとしており、実に時機を得たものであった。

    人事課長特命に対する私の「年度准尉・空曹及び空士自由員計画に関する所見・提言」は、作戦部隊経験から部隊・隊員の立場を代弁したものであり、そのことに関しては、正面から反対を受けることはなかったが、組織訓令の本来の姿に戻すことであっても、十数年の組織運用の歴史と重みから業務の一部移管についてはかなりの抵抗があった。

    しかし、私はどんなに反対・反論があっても具体的事例をして、熱誠をもつて説得する自信を秘めて説明・提言に臨んだ。その機会はなく、その後の事は人計室の企画課構想と相まってすべて上層部に委ねられることになった。

2.   充員計画への取り組みと人事第2班の機能発揮

    こうした経緯を経て次の課題は、その後の 人事第2班における充員計画の作成及び実施をどう進めるかであった。当然の如くその課題に参画することになった。

   その後、班の人員の強化、人計室からの充員計画の引き継ぎ、充員計画の作成に当たって数と質面からの充実改善のため全部隊・機関の担当者を一堂に集めた充員計画調整会議の実施など運営要領の大幅な改善が図られた。

    また、 班長髙橋和夫1佐の下で、班の総力を結集して、今後の大量の定年退職者の発生に対応した離職者の人事記録のマイクロフイルム化の事業提案、予算化へ向けての活動、予算決定とマイクロフイルムの導入へと進んでいった。

   当時を振り返ってみると、人事第2班の業務が本来あるべき「充員計画の作成及び実施」となった時期が転換点となり、准尉・空曹及び空士人事の総本山として名実ともに機能を発揮することができるようになったと思われる。

    こうした事から空幕勤務の1年間は大きな流れの中では助走のようなかたちとなり、私の空幕勤務もこれからが本格的に始まることになった。まさに正念場が始まろうとしていた。