浜ちゃんブログ(8)  「昭和の航空自衛隊の思い出」の「航空幕僚監部勤務編」を綴るにあたって

   ブログの中で、最も力を入れているのが「昭和の航空自衛隊の思い出」です。回を重ねること、336回となりました。 何しろ遥か昭和の時代のことが主体であるので、入隊時の最初の出だしの頃は、メモなど残されているものがすくなく思い出すのに苦労しましたが、時代を追っていくにつれて 残っていた昔の手帳、日記や資料が多くなってきました。

 十年ひと昔という言葉がありますが、60年から30年前のこととなると、メモや資料はあってもやはり事実関係を確認したり、思い出すのに時間がかかります。

 従って、このブログは、いったん書いてみて、一呼吸おいて再確認して発信していますが、中身に重点を置いてしまうせいか、表現の至らない点や誤字脱字に気付くことがあります。気が付いたらその都度修正しています。

 私のブログは、政治的なこと、思想信条、主義主張、他人を批評することなど毛頭考えていません。

 いよいよ、「昭和の航空自衛隊の思い出」は、航空自衛官生活35年余の最終段階に近づきながら、航空幕僚監部という巨大組織の一員になって、人事施策の一角に参画する機会を与えられたところから始まりました。

 私のつたないブログに立ち寄られた方が、なんで今ごろ昔のことを書いているいるんだろうかと思われる方もあるであろうし、どんな考え、立場で書いているだろうかと思われる方のために、定期的にどんな考えで、「昭和の航空自衛隊の思い出」を綴っているのかを掲載しています。

 

「昭和の航空自衛隊の思い出」----その時何を考え立ち向かったか 

    昭和30年6月から平成2年3月まで35年余にわたって航空自衛官として部隊・機関・団、方面、総隊の各級司令部・航空幕僚監部に勤務した。この間どんなことを考え立ち向かったのか人生の総決算としてまとめがらブログ化しているものです。
 特に才能に優れたり、飛び抜けた功績があったわけでない。言うなればどこにいた普通の自衛官の一人であった。強いて言えば操縦学生から転進し、空士・空曹を経て部内出身幹部であったということぐらいであろう。
    昭和の航空自衛隊の全体像を私ごときが語ることなど毛頭考えてもいないし、出来ることではない。
    大組織にあって、一隊員の勤務経験などたかがしれているが、私が歩んだ足跡を基軸に自衛官人生を綴ることはできる。
    その主点は、昭和の航空自衛隊に勤務した当時を回想し、自衛官の勤務経験と生活を軸に、どのように勤務し、どんな問題と取り組み、何を考え、行動したか。どんなことに悩み、立ち向かったかなどを「昭和の航空自衛隊の思い出」として綴っているものです。
 自衛官生活を振り返って、昭和の自衛隊は、すべての隊員に「創造」「挑戦」「前向き」が求められ、その気になればいろいろなことができた時代であった。
 

ベレ-帽のかぼちゃん

f:id:y_hamada:20160818184526j:plain

《 ベレ-帽のかぼちゃんは浜松市西区大久保町の和久田さんの作品、部屋の入口にフクロウと一緒に並べた。眼玉が印象的である。毎年種を蒔き育ててこんなユ-モラスなカボチャができる。自然の造形の神秘さがそこにある。驚嘆するばかりである。 》