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昭和の航空自衛隊の思い 出(334) 空幕勤務で期待された自己の役割

1.空幕人事課人事第2班へ配置

    昭和60年8月5日空幕人事課に着任し、人事第2班の机に座った。通常の勤務配置の場合、担当職務が決まっており、前任者の申し送りなどあるものであるが、前任者はおらず、班の現体制に加わる格好であった。

   人事第2班における立ち位置は、班長の次級者・先任幹部の立場であり、班長補佐と総括として全般を見る役目であったが、しばらくは人事課長の特命事項の処理が主であった。   

   したがって、人事課長の特命事項を処理しつつ、人事2班の所掌業務全般がどのように行われているかを確認していった。班内の各担当の業務内容は各級司令部の実務で経験したことであり、すぐに理解することができた。

2.空幕勤務で期待された自己の役割

 空幕勤務の何たるかが分かりかけたころ同月13日、人事課長利渉弘章将補から特命を受けた。以後、次々と人事関連事項の策案を検討し報告することになった。これらは現状の確認・分析検討の傍ら、関係部署との調整・了解を取り付けた。後日、作業報告の主要項目が着々と諸施策に反映され、具現化することになった。

 人事課長利渉弘章将補とは指揮幕僚課程で学んだ同期であった。着任後、人事課長から最初の特命を受けた時、「空幕勤務になった理由」、「人事2班に配置された理由」が明かされ、「何が期待されているのか」「自分の役割と任務が何であるか」を明確に自覚することになった。

 壮年時代ならともかく、定年が視野に入りそうな50歳になって、初めてにして最後の空幕勤務を命ぜられるにはそれなりの理由があることは推察していた。

 空幕人事課への異動内示を受けた時、各級の司令部勤務で人事幕僚として准尉・空曹及び空士の人事上の諸問題に取り組んでいけばいくほど空幕段階での施策に待つところが大きかったことから、空幕人事部門で施策立案に参画する機会があれば部隊経験を活かしたい思っていたからである。

3.  人事2班の所掌業務に関する見直し

 利渉人事課長からの特命は、おおむね次の通りであった。

❶人事2班について改善すべきところを新鮮な目で検討せよ。

❷人事2班の本来業務である充員計画.を人事計画室が担当していることをどうとらえるか。

❸人員増についても必要ならば付ける。

❹人事2班に配置した理由はここにある。

   特命に際して、 利渉人事課長の鋭い慧眼と的確な指摘に感服した。人事2班の人事業務の柱である充員計画を人事計画室が担当し、実員の充員を人事2班が担当していた。人事1班も3班も充員計画の作成と実行を同一班が担当していたのに対して、人事2班の業務だけ変則となっていたのである。

 部隊において、下から見るかぎり人事2班員が作業チ-ムに入っており、それほど深く詮索したことはなかった。実際は支援であり、2班長の関与の程度はわからなかった。准曹士の異動・充員上の諸問題の解決が打てば響く状況でなかったことは認識していた。

 本件に関しては、髙橋人事2班長に報告し、早速、検討作業に着手した。作業結果の報告は9月末に人事課長へ報告し承認を受けた。10月の「年度准曹士充員計画作業に関する所見」と合わせて、「人事2班の所掌業務に関する見直し」の作業結果を報告した。

 その後、いろいろな経緯を経て、「年度准曹士充員計画」の作成は人事計画室から人事2班の所掌となり本来のあるべき姿となった。約1年余後には、人事第2班長に補職されて本格的に充員計画の作成とそれに基づく充員に取り組むことになった。   

4. 指揮幕僚課程1次試験官の任命

   指揮幕僚課程1次試験官に任命され、8月20日には試験官会同が行われ、幹部学校長から「21世紀の空自を担う上級幹部(人材)を選抜せよ。彼らを選ぶ一員であることの重責を自覚して作業をやってもらいたい。」訓示を受けた。

 9月中旬には職域【人事】濵田2佐・古賀2佐、【総務】新谷1佐・濵田2佐の 2名のペアで問題を作成提出し、幹部学校教育部長が主宰する問題審議に参加した。期待する答案の作成、採点評価基準の作成などの作業、1次試験実施後の12月中旬には2泊3日の詰めきりの採点作業に参加した。終始、実に厳正な試験管理運営であったことが強く印象に残った。

5. 新給与体系関連の1佐格付け作業

 9月に入るや、2日には、利渉人事課長から「新給与体系の格付け」作業チ-ムに入って業務を遂行せよと特命を補受けた。俗にいう「1佐職の1・2・3の格付け」作業であった。陸海も同じ作業を始めていた。

    作業チ-ムは新進気鋭の防大出身の桧垣2佐・橋本2佐と私の3名であり、毎日、小さな別室で作業の進め方からはじめ、1佐職以上の全ポストの経歴などの人事デ-タの把握と分析、陸海関係の資料集めなど、各種の資料を基に喧々諤々議論しまとめていった。ケ-ススタデイの後、10月には人事1班長へ作業報告、人事課長報告、人計室との調整、内局米岡部員への説明などを経ながらまとめられていった。

6.   准曹士充員計画作業に関する所見

 10月に入ると、利渉人事課長から人事計画室主導の准尉・空曹及び空士充員計画作業に参加し、充員計画作業の問題点と対策処置案を検討するよう特命を受けた。 

 作業の各段階を確認し、「年度准尉・空曹及び空士充員計画作業に関する所見」をまとめ、あるべき方向を人事課長へ報告・提言した。

 総隊・方面隊等における充員計画については、主務担当幕僚として何回も作成作業を指揮監督してきたが、当時、空幕の作業状況は垣間見るだけで直接参加は初めてであった。 

7.  人事2班の所掌業務関連の作業

 人事課長の特命事項の処理をしながら、人事2班員として、8月から12月までの間に、「定年前の異動及び配置していに関する検討」「特技転換者の入校」「地連勤務者の勤務評定要領」「単身赴任隊員の実態調査構想案の検討」「曹候部内者採用者の特技取り扱い」「准曹士人事業務の参考の見直し計画の作成」「課程修了者の特別便及びその他の輸送機利用輸送見積もり」「〇〇事案への対策処置と部隊指導案」等を班の総力をあげてまとめていった。

    各種事業、施策に関する担当者会議、班長会議が頻繁に開かれ、高橋班長、石田1尉が参加し、実に良く活動していた。

 当時の日記メモを見ると、そのほか、毎日、高橋班長の下で人事2班の各担当者の昇任・異動・昇給・精勤章等々担当業務の進捗状況を確認し、空自全般の准尉・空曹及び空士に関する現状を把握していったことが記されていた。

 この間、班内の討議に参加し、関係幕僚の意見を聴いたり、庁内宿泊をすることが多くなった。部隊のようにベッドで寝るのではなくて、廊下のソファか、机の上の電話機等をかたずけてその上に毛布を敷いて仮眠することもあった。こうしたことから着任の挨拶書きは9月末となってしまった。

    空幕勤務が部隊勤務と全く異なり、健康にして体力・気力が充実し、精神的にタフである事が必要であった。性格的なものがあったかもしれないが、意外なものでそのうちに慣れてしまい、ストレスを感じることは全くなかった。歳の功と各種の部隊経験で要領よく対処していったからであろうか。