昭和59年度 一般幹部候補生(部内)選抜試験に西警団から合格した8名の合格体験記「幹部への道次は君の番だ」である。
ここには、 昭和の時代における航空自衛官の生きざまがある。今日の平成の時代はどうであろうか。
西警団勤務から空幕、その後昭和63年7月調査隊勤務となって、平成2年定年退官することになるが、最後の部隊においては、自衛隊勤務の総決算として、部内幹候及び3候選抜試験の指導に努力を傾注した。
2. 昭和59年度部内幹部候補生選抜試験に合格して
❼ 整備補給群 1曹 Y 警戒管制レ-ダ-整備 35歳 第98期一般
《 部内幹候最後の試験を見事に合格した体験記である。❽と合わせて読むと部内幹候選抜試験の本質を理解することができる。いつの時代もチャンスは等しく与えられている。これが部内幹候である。 》
❽ 整備補給群 3曹 ℍ 車輌整備 25歳 曹候第3期
《 若くして部内幹候の選抜試験を見事に合格した体験記である。❼と合わせて読むと部内幹候選抜試験の本質を理解することができる。いつの時代もチャンスは等しく与えられている。これが部内幹候である。 》
【今日の所感】
ここに登場した皆さんは、幹部となって航空自衛隊の任務遂行の中核となって活躍された。自衛官人生において、自己の目標に向かって挑戦し見事に難関を突破したことが大きな自信となり、その後の人生を歩むにあたってに強固なバックボ-ンとなったであろう。
合格記は、自衛官人生の一部一でしかない。幹部自衛官としての始まりであり、新たなる人生航路の船出であった。きっとそれぞれが波乱万丈の中に、豊かな自衛官人生を築いたであろうと推察する.。
これまでブログにしばしば3候及び部内幹候選抜試験の合格記を綴ってきた。遥か昔の日誌の中で、昭和60年6月11日欄には、人事部長として3日間の3候2次試験に対する受験教育開始に際して、40分「2次試験受験にあたって」話をしたこと、当日の個別面接等を通じて「3候受験」と題して「経験豊富な准尉・曹長でも試験場に臨むと意外にアガルものである。1次に合格し、2次に臨む受験者の真剣な顔つきには心を打たれる。幹部になることにそれなりの決意と動機・理由があると思う。新しいものに挑戦することは男の宿命である。健闘を祈る。」と記していた。
航空自衛隊創設期において、若輩24歳にして部内幹候受験・合格した当時を思い出し、重ね合わせてひそかに声援を送ったのであった。