老いる雑感(6) どのような終末を迎えるか

1.どちらが先に逝くか

    近代医学・高度医療社会であっても、夫婦といえどもどちらが先に逝くことになる。同時期はめずらしいことであろう。多くの例は夫が逝った後に妻が亡くなることが多いようだ。しかし、私の親は母が先に逝き、数年後に父が追っていった。

    男女の平均寿命からしても、夫が逝った後に妻が亡くなることが一般的ではあるが、個々の寿命に関しては原則や統計が当てはまらない。 
 自分の寿命たるや誰にもわからない。天命と言ってようであろう。夫婦でどちらが先かなど議論したり考えても始まらないことだ。むしろ無駄なことなのかもしれない。
 高齢になると、その先のことなどだれも分からない。人生やるべきことをやり遂げて、天命に従ってこの世を去るということであろう。
2.終末をどう迎えるか
 最近は「終活」なる言葉が流行っているが、何のことはない、つまるところは葬式の話である。
   ここでの終末は最後の生き方であり、どのように人生を終えるかである。人は等しく最後を迎える。男性の場合、85 歳以上人生を全う出来れば善しとしなければと思うがどうであろうか。90歳以上であれば万々歳である。天寿を全うしたと言える。
 自分の終末について、どうなるか皆目わからないが、出来ればこうありたい、ああありたいという思いは誰しも持っているがどの程度関わることが出来るであろうか。
 この辺のところは、最後まで自分の意志を表明できる状態であるかどうかにかかっているようだ。自分の意志が表明できるなら看取るものに伝えることができる。遺言も可能であろう。
    人間最後まで自分の意思が表明でき、言葉が話せて静かに息を引き取ることができれば人生最高の最期と言えるではなかろうか。