老いる雑感(1) 親の寿命を越えられるか

1.  身近な人の急逝に接して

   先日、自衛隊時代の同期生松山弘君の訃報に接した。昭和30年6月航空自衛隊のパイロットを目指し第1期操縦学生として、周防の国は防府南基地において、粗末な薄暗い教室で肩を並べて厳しい教育訓練に励んだこと、一緒に外出して社会探訪したこと、パイロットとして航空自衛隊の創設・建設期に活躍した雄姿が浮かんできた。

    真面目で勉強家の彼は、定年退官後、行政書士等の資格をとって事務所を立ち上げ、社会活動にも熱心であった。ご冥福をお祈りします。

  今年に入って、私の身の周りを見渡しても高齢者の突然の訃報に接することが例年より多いように感じている。そこには 宇宙、自然界、気象現象の摂理と人の死とどんな因果関係があるであろうか。  

 

2.  長寿社会における恩恵

    そこで言えることは、わが国が世界に冠たる長寿社会になり、平均寿命も驚くほど伸びた結果、戦国の世では人生50年余であったものが今日、長寿を全うし生きる喜びを享受することができるようになった。   
  昔は、親より先立つは親不孝といわれた。昔も今も若くして子供が親より早く逝ってしまうことがある。これを「逆縁(子供が親より早く死んでしまうこと)」と言う言葉で表している。
 宗教上の捉え方、解釈はさておいて、できれば子供には親より早く先立ってもらいたくないと親たるものは等しく思っているが、これだけの長寿社会となると逆縁となることもある。そこには順番がない。人の生命はそれぞれの寿命のなせるものではなかろうか。
 また、長寿社会になったとはいえ、今の感覚では、90歳以上にならないと長寿を全うしたとは言えない感じとなってきた。こうした感じからすると80歳の自分には、これから10年以上元気に過ごして、初めて天寿を全うしたとは言えそうだ。
   
3.  親の寿命を越えられるか
 長い人生においては、人の寿命について身近に悲しいことを経験したり見聞したりしてきた。両親は既に亡くなったが、 高齢者社会といわれる時代であるだけに、せめて親の寿命を乗り越えることが親孝行につながると考えるがどうであろうか。親の気持ちとしては子供には自分の寿命を乗り越えてほしいと願っているように思われるからだ。
 そ の点では、2〜3年後には両親の亡くなった歳を超えることになる。
    そうかといって、文珠や願望がそのまま実現するものではない。ましてや単に歳の数だけ多ければ良いとうものでもない。人様に迷惑をかけず、自分なりに感謝と充実した人生が過ごせるかが重要ではなかろうか。そう考えると厳しい現実がある。最後に「ありがとう」が言える人生でありたいと思う。
 

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《 昭和30年、第1期操縦学生基本課程において 、秋の宮島研修にて、61年前の青春時代の第3区隊前列左から平山貞雄君・筆者、後列左から松山弘君(故人)・古市剛君、教育訓練に一緒に励んだ4人は、その後、お互いがそれぞれの道を歩んだ。  》