昭和の航空自衛隊の思い出(179)  新編当初における 沖縄勤務者の充員と交流

1.沖縄部隊要員に関する人事業

 昭和48年7月西部航空方面隊司令部に勤務し、准尉・空曹及び空士の人事担当となった。航空方面隊司令官(空将)は准尉及び空曹の任免権者であることから隊員の異動・昇任・昇給・免職などの権限を有しており、隊員数も数百名ではなく数千名である。それを支える幕僚業務は極めて責任の重い内容であった。

 担当業務の中で、特に印象に残っていることでは、沖縄所在部隊に関わる業務であった。とりわけ沖縄返還に伴う航空自衛隊部隊の新編・交代要員の選定と送り込み業務は忘れ難いものがある。

   下表で見る通り、私が担当した時期は沖縄返還に伴い、部隊が新編され隊容を整えた時期にあたり、部隊建設で所定の年数勤務し苦労した准尉・空曹及び空士隊員の中で西部航空方面隊隷下部隊を希望する隊員を受け入れて、その交代要員を選定して逐次補充していく厳しい人事業務であった。

 沖縄との通信回線は込み合い、事前に申し込んで定時に連絡し合う時代で、今日のようにいつでも連絡の取れる時代ではなかった。

❶ 沖縄返還と部隊配備 ( 「 航跡 空の守り20年」朝雲新聞編集局 出典)

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 ❷ 現在の南西航空混成団 ( 航空総隊ホ-ムぺ-ジ出典 )

 

 

 

2.沖縄勤務の実情把握

 沖縄初期の配備段階では、第1陣隊員の人選、勤務環境、妻帯者の家族帯同赴任、子供の転校受け入れ、宿舎の確保などどれひとつとっても大変な時代であった。人事幕僚としてはいち早く現地の状況を確認して担当業務を処理する必要があった。他人から話を聞くのではなく「現場に行って自分の五官でしっかりと確かめる」ことにした、

 そこで着任して一段落すると、沖縄の歴史を再度勉強した上で、自衛隊輸送機で沖縄に出張し、沖縄所在部隊における准尉・空曹及び空士の現状及び勤務環境、隊員家庭の宿舎など現地の先輩人事幕僚の案内で研修した。 

 

3.沖縄部隊への充足と人選

 新編部隊の充足及び交代要員の補充は、任務上の要求である。従って、准尉・空曹及び空士要員の充員は、航空幕僚監部及び総隊司令部の充員・異動計画に基づき隷下の関係部隊に所要人員の差出を命ずるものであった。

 これらの通達には、異動先部隊・配置・階級特技レベル等が示され、要員差出の部隊は要員選考にあたっては、階級・特技のㇾベル(資質能力)・異動の意志・過去の異動経歴・健康状態・家庭の状況等を総合的に判断して人選を行うことになる。各級指揮官にとっては、任務遂行上の要求と隊員個人の福祉との兼ね合いに最も苦慮するものであった。

 航空方面隊司令部においては、関係部隊長から異動候補者の報告を受けて選定するとともに、他方、必要に応じて差出部隊に補充を行うことになるが、補充がないこともある。

 所定の期間沖縄勤務を終えた准尉・空曹及び空士に対しては、本人希望等を考慮して極力当該基地・部隊へ配置するなど任務遂行上の人的戦力の構成と個人の福祉、経歴管理の両面から最善の人事管理に努めた。

 本土から遠く離れた沖縄本島及び離島に勤務する隊員は厳しい環境にありながら与えられた任務・職務を誠実に遂行するだけにその勤務に対する相応の適切な処遇などの人事管理は極めて重要なことで、航空方面隊司令部の一人事幕僚としていつも身の引き締まる勤務であった。 

 後年、この時の経験等を基盤にして、各級の司令部勤務を経て、航空総隊司令部及び航空幕僚監部において、航空総隊及び航空自衛隊全般の准尉・空曹及び空士の充員計画及び異動管理を担当することになった。