昭和の航空自衛隊の思い出(123)   副官の立場から幕僚業務を学ぶ

1.     司令室への出入りと副官室

     昭和41年当時の中部航空警戒管制団司令部においては、司令室へ出入りするには副官の机の前を通らなければならなかった。それは建物の構造上そのようになっていたからである。当時、民間の会社の社長室と秘書室と同様に、高級指揮官と副官室の位置関係は大体同じようなもので似たり寄ったりであったと記憶している。

 司令室に出入りする方は、上級の部隊指揮官等をはじめ隷下部隊指揮官と司令部幕僚、上は部長クラスから下は尉官までさまざまである。目的は文書の決裁から諸報告に至るまでさまざまである。基地司令という立場から更に部外の表敬来客も多数であった。

 来客が多い場合は、司令室の入口の椅子で待っていただくか、しばし、隣の副司令室で待機応接していただくことになる。

    社会一般もそうであるが、自衛隊においても「人を知る」ことは自衛官人生において大きな意味をもつ。組織は人で成り立ち、司令部も部隊も隊員で構成された組織であるからだ。副官として、副官室に位置し接遇を通じて多くの「人を知る」ことができたことは得がたい経験であり、無形の財産といってもよかった。

 一方、基地の表門に立つ警衛隊員の諸動作、基地交換の交換手の受け答えが実は基地・部隊の精強力・規律力などの全体評価につながる如く、副官の服装態度・対応力は司令部機能の評価に繋がっている。平素の末端の隊員の諸動作と同じである。こうした視点からも 常に適度の緊張感と自らを厳しく律するものとなった。 

2. 副指揮官と副官の関係

 副官の職務を効果的に行うには、副司令との良好な関係が大きく左右することになる。そこには1佐と2尉といった階級と上下の関係だけではなく尊敬と信頼が最も重要な要素といって過言ではなかった。着任当初、分らないこと、困った時は副司令に相談し指導をいただいた。

 司令の意図を最も的確に把握・理解しているのは副司令であった。私がお仕えした司令と副司令の関係はそばから拝察して実に意気が合って密接であったから当然のことであった。

 そこには、司令と接触が一番多かったのは副司令であったということである。そのことは一番大切なことで、緊密な人間関係の基本は常に人と接触して話し合っていることにあった。後年、私が副司令の配置に就いたとき、積極的に司令を補佐することに通じる活模範の見本でもあった。

 また、幕僚にとっても、当然に副司令の存在を最大に生かして幕僚業務を進めると成果がさらに向上・拡大するものだ。本命の指揮官に注視しすぎて副指揮官の存在をおろそかにする幕僚は有能な幕僚になりえないものだ。優秀な幕僚ほど副指揮官の助言と指導を受けている。副官の立場からよい事例とどうかと思われる事例を見聞し、事後の幕僚活動の教訓とした。 

3.司令部活動と幕僚試練の場

 幕僚の多くは、担当事案の決裁を受けるときは副官の前の椅子で待機するので、自信に満ちた幕僚もいれば、そわそわして落ち着かないタイプの幕僚など様々である。司令へ決裁を仰ぐ幕僚にとっては、一種の幕僚試験に臨む受験生的なところがあるものだ。

 副官としては、幕僚の立ち振る舞い、諸動作などじかにその鼓動まで伝わってくる。決裁が終わって司令室から出てくるときの態度で首尾よく起案通り決裁されたか、修正・再検討なのか一目瞭然となる。

 意気揚々と笑みを浮かべて出てくる者、中にはうなだれてしょんぼりして出てくる者など日常茶飯事に様々な幕僚活動の一端がそこにあった。司令室の出入りは何となれば「幕僚の練成の場」であり、「資質能力が問われる場」であり、「評価が下される場」でもある。そこには「幕僚の生きざま」が展開され直視することになった。

 まさに私自身の姿がそこにあった。実践的な教育指導の鏡があった。わたくしにとっても副官としての「資質能力を問われ」、「幹部としての錬成の場」であった。

4.副官を上手に利用する幕僚

 どちらかというと団司令部の中では副官の階級は2尉クラスで低く、主務者の班長クラスは3佐クラスである。司令部活動に手慣れた幕僚は階級に関わらず上手に副官を活用する。体験的な結論からすると、普段から副官と意思疎通がよくできている幕僚はまず幕僚活動は見事で決裁文書も問題なく通過するものが多い。

 部長クラスになると、司令の信頼が厚く、副官と目を合わせて、「どうだ」と無言の合図を送られると「どうぞ」と言葉と手信号で応答し、アンウンの呼吸で出入りすることになる。

 優れた幕僚ほど副官を大事にし、副官から情報を入手・調整して、諸資料を整えて副官室に待機、司令の一日のスケ-ジュ-ルに合わせてタイミングよく決裁を仰ぐといった次第である。

5.幕僚勤務の進め方

 司令部における幕僚勤務の在りかたをじかに学ぶ毎日であった。副官の職を離れれば、いつの日か小幕僚として活動することになるだけに、副官業務に慣れるにつれて、自分の身に置き換えて「幕僚勤務はどうしたらよいか」考えるようになった。

 こうした観点で、幕僚業務の進め方について、毎日の司令部活動や幕僚の活動状況を垣間見て、よい事例や悪い事例を学ぶことが多かった。

 私が今後の部隊勤務で経験するであろうことの多くを副官という立場から「実務編」の一端を見聞することになったのである。副官という職になければこうした経験を若い時代に、しかも早い時期に、得難い機会を与えてもらうことはなかったに違いないと思った。後年、各級司令部の班長・部長として指揮官に決裁を仰いだり・報告するときには、副官当時のことがよみがえり自省自戒したものであった。