昭和の航空自衛隊の思い出(79) 非常事態に動じない胆力・度胸

1.  その時の職務・配置で全力投球し、着実に実力をつける 

 昭和35年2月、航空自衛隊幹部候補生学校に入校し、第23期幹部候補生課程(部内)で10か月間、初級幹部自衛官として の職務を遂行するに必要な知識及び技能を修得するための教育訓練に励み、同年12月卒業した。

 幹部自衛官としての歩みは、幹部候補生の出発点からほぼ30年の道のりであった。この間いろいろなことを経験しながら一歩づつ階段を登っていったことになる。

 軍隊組織は、航空自衛隊で言えば航空幕僚長を頂点とするもので、幹部自衛官には「経歴管理」が行われている。少しづつ上位の職位、全く異なった配置など様々な職務を経験することになる。各自の歩む道は必ずしも同じではない。同じ系列の職務であればその道を極め、異なった分野の職務であれば更に視野が広がることになる。

 初級幹部の補職配置といえども航空自衛隊の経歴管理上の人事管理の方針に基づき航空幕僚監部を頂点とする各級の人事部門によって人事異動が行われていくが、所属部隊長の意見が最も大きな要素となってくる。

 初級幹部としての修練の期間は、ひたすら職域における実力を涵養することに専念することになるが、最初はどんぐりの背競べ程度であったものが、得手不得手の分野、資質能力、個人の特性などが現れてくる。早い時期から頭角を現すものもいるし、大器晩成型の人材もいる。

 ただ、若い時の学校の成績がよかったから将来とも抜群の人材となるかというと必ずしもつながらないところが人生の面白いところではなかろうか。人の資質能力と発揮の可不思議なところであろう。自衛官も同じである。

 初級幹部時代は、どんな補職配置であろうと、失敗を恐れず積極的に挑戦し、練成を心掛け、自分の持てる力を発揮してて行けば、自ずと資質能力は向上し、真の実力を身につけることができることは自明の理である。

 昔から「補職配置が人を育てる」といわれているがまさしく至言である。補職配置は組織の要請と本人の経歴管理によって決まってくる。一見本人には不遇な配置であるように思える場合でも、意外な能力が発揮されることがある。すべからく与えられた補職配置にあっては自己の全力をもって職務を遂行することに尽きるのではなかろうか。

 2.  胆力・度胸と平素のこころがけと練成

   上は内閣総理大臣から下は会社社長、組織の長、家庭の親父に至るまで、ある日全く考えもしなかった突然の非常事態に直面すると、「非常時に強い度胸の据わった人」であるかどうかが明白となることがある。いざという時に持てる能力を発揮できないでおろおろして終わるものもいる。

 昔であれば、国民の目に触れないでそのままで終わるであろうが、今日のようにメディアで報じられるようになると、国民の目に触れることになる。非常災害から一国の危機まで、それぞれの段階で危機に強い人物かどうかあらゆる場面で試されることになる。この点では非情だ。

 それはどこの社会・組織でも見られることで、珍しいことではない。自衛隊も、警察も、消防も例外ではない。持って生まれた資質能力の上に、数多くの非常時の場を経験していけば多くの場合、どんな事態にも動揺せず、冷静な判断と決心ができるようになることが多い。

 とりわけ危機管理に直結した職務・仕事についている者は、その職務に着いた瞬間からその職務を離れるまで一瞬たりともそれなりの覚悟と対処策を考えているし、当然の義務と責任がある。それができないものはその職を辞するべきであろう。

 私のような普通の自衛官の一員であった者でも、幹部自衛官に任命された時から定年退職するまで、約30年間いかなる時でも、有事即応の心構えを保持してきた。「いざというときはかけつ任務を果たす」と常に身構えてきたといって過言ではない。退職したとき「肩の荷が下りた」と実感した。これが自衛官たる者の心情であり内なる誇りであった。

 35年余の自衛官生活を通じて感じたことは、人物的に優れ、職務に精通し、識見に優れ、皆から尊敬されている者でも、実際の非常事態においてはその能力を十分に発揮できないこともあるということである。多くの隊員はこうした場面に直面することはなく終わることが多いため分からないで終わることがある。しかし、非常時の練成など不測の場数を踏んでいくと克服することができる。

 自衛官の場合、各級指揮官にはしっかりした幕僚組織が存在しているから使いこなせば、問題なく対処できる。平素の任務遂行の過程で練成する機会は至る所にある。むしろ毎日の勤務・業務の中に心構え一つで対処訓練に置き換えて練成することができる。

 恒常の諸行事から服務事故、地上事故、航空事故から任務に直結した作戦運用などあらゆることについて対処策を常に研究、検討して練成していけば、事案が発生しても平素と変わらず、冷静沈着に事態を判断決心し、動じることなく度胸が据わって的確に対処行動することになる。その根底をなすものは修練を積んだ者の心の余裕ではなかろうか。

  こうした「危機に強い人材」は突発時に動じない胆力・度胸と能力を持った持ち主といってよい。持って生まれた資質能力の上に平素の心がけと練成によるところが大きいように今でも思っている。