昭和の航空自衛隊の思い出(57) 基礎 となった青年隊員・空曹・空士時代

1.青年隊員時代の基盤となったもの

    人の一生においては、誰でも若い時代は感受性に富み、何でも吸収してやろうという意欲があり、どんな困難にも立ち向かう情熱と気力体力がある。足りなかったのは卓越した識見、熟達した技量、総合的な判断力と豊富な経験であった。これらは歳を重ねるにつれて、身につくものであろう。

 私も、昭和30年1月自衛隊に入隊し、隊歴は浅かったが、陸上自衛隊の陸士、次いで航空自衛隊における空士・空曹の青年隊員時代は、自分なりに目標を決めて一生懸命に立ち向かい、同期生に負けないようにと努力してきた。これが世間一般の普通の若者の姿であった。

    その中で、自分のものの見方・考え方を方向付ける動機・発端となる出会い・事柄をいろいろと経験し、次第に自分の信念・考え、見方が確立されてきた。

     自衛官人生の主体となるものは当然に、自衛隊における実勤務であるが、駆け出しの頃はどの隊員も概ね同じような道を歩むものである。

    入隊後の数年間は主として、部隊・学校等における教育訓練と実施部隊の勤務となろう。どのような教育訓練、環境、部隊等で勤務をしたかによってその後の自衛官人生が左右される。

   また、自分自身がこの教育訓練・環境、部隊等勤務をどのように受け止めたかによって、将来の伸長の基盤作りが変わってくる。

   両者が相まって大きく言えば、自衛官としての基礎と人生観など考え方・見方が培われてくる。

    顧みて、その点、私は非常に恵まれた環境にあったと言える。

 

2.陸上自衛隊の新隊員教育で 学んだこと

    最初に、陸上自衛隊で隊員としての基本的事項を身につける新隊員教育を受けた。 わずか5ケ月の在隊であったが、高校を卒業しての初めての社会経験であり、全部を素直に吸収した。

     そこで、情熱を持って教えてくれた凛々しい初級幹部の教官、優秀な陸曹の班長、面倒見のよかった陸士の助教に出会えて、教育訓練のあり方・教授方法・指導の仕方など今まで経験したことのない事を体験して強烈な印象が残った。

    後年、幹部、人事幕僚として、教育に対する情熱、育てることの意義、教育体制、教育に従事する陣容の人選、教え方などに大きな教示を得たものである。

 

3.第1操縦学校操縦課程で学んだもの

      昭和30年6月、戦後初の航空自衛隊の操縦学生に応募して合格・入隊、第1期操縦学生として10ヵ月の基本課程を卒業した。大空への飛躍を目指して厳しい教育訓練を乗り越えたこと、同期生と青春の真っ只中を切磋琢磨したこと、創設期で未整備で恵まれない面もあったが、のびのびとした環境で新しいものを創る意気に燃えたこと、1期生という誇りと自覚を持ったことなど多くのものを得た。

    60年の歳月を経ても今なお同期生が集まって、同期の絆を保っている。青春時代に有意義な時期があったことを感謝している。

    また、空曹時代の昇任筆記試験及び部内幹部候補生選抜試験の学科では、操縦学生試験で勉強したことや基本課程で学んだ事が生きてきた。自信を持って臨むことができた。

     

4.英語課程及び初級操縦課程で学んだもの

       昭和31年4操縦者のための英語教育は、操縦課程はもとより、後年、要撃管制幹部として、米軍将校と並んで仕事をしたときや短期の連絡幹部としての厚木海兵隊への派遣、日常の米空軍将校との交流で役立った。

    昭和31年10月からの操縦課程では、十分な能力発揮に至らず、中途で操縦免・操縦学生免という一大身分変更に直面し、人生初の挫折・苦悩を体験したが、これも人生の転機となり、精神的に鍛えられ逞しくなった。

     これは単に自分の操縦適性の事だけではなく、創設期の飛行隊編成規模の縮小、人事教育体制の未整備などの背景がからんており、多数の同期も同じ憂き目にあった。人生には運命とも、不条理ともいえることがあるものだと分かった。若かっただけに大きな試練であった。

 

5.整備学校勤務で学んだもの

    昭和32年4月、整備学生要員として整備学校所属(現第1術科学校)となって浜松基地に着任した。入校待ちで学校本部総務課で補助業務をしていたところ、運命的というか、縁があって正式に総務課に勤務することになった。

    早速、総務班員として短期間に、各係を順繰りに急速練成した。

    文書管理全般では、空自随一の文書係長の縣益司郎防衛事務官に手ほどきを受けたこと、教育訓練の企画、現地偵察、計画、実施、安全管理について訓練係長田中正治1曹から徹底した実地訓練を受けた。

    総務全般については先任空曹福田正雄1曹から指導を受けたが、自主積極的に学び取るやり方で、仕事も大幅に任され、要点指導のみであった。

    その分、一生懸命に創意工夫して取り組むことができた。「理想の先任空曹」と言えるほどの大先任に接して、「将来はこのような先任になりたい」と思った。  

   更には、タイプ女性職員の管理を担当する機会を与えられた。

     この間、階級も士長から2曹と昇任 した。学校全般の動きを理解し、広い視野で見ることを学んだ。  

    一方、内務班の副班長・班長に任命され班員の掌握要領、指導法、人間関係などを体得した。

    総務課長、総務班長は若輩の私を見守って下さったのが印象に残っている。

     ここでの勤務体験と優れた模範となる先輩の薫陶を受けて、物の見方、考え方を学び、これらが私の自衛官人生を方向づける事となった。

    ほどなくして、部内出身幹部として進むようになって、「幹部自衛官像と自己の役割・使命は何か」「上級空曹の役割とあり方」「先任空曹制度はいかにあるべきか」などについて、自分なりの所信の骨格は、ここでの勤務体験が原点となった。