昭和の航空自衛隊の思い出(44) 訓練の現地偵察・計画作成及び実施 を学ぶ

1.    警備・教育訓練係

   警備・教育訓練係として田中正治1曹のもとで学校職員の一般訓練を担当した。3曹に昇任したての頃で、すでに樋高豊美士長が配置されていた。

 この職務は、総務課長石原格太郎2佐の特命事項が多く、やればやるほどやり甲斐のある新しい業務で、生き生きとして張り切っていた。一般的な総務業務とはかけ離れており、どちらかというと防衛・運用の分野であったが、学校本部の司令部的役割をしていた関係から幅広い分野の業務を担当していた。

 ジ-プに乗って、田中1曹と一緒に3名で毎日の如く移転確認調査、一般訓練、警備訓練のための現地偵察に出かけた。

2.  訓練の現地偵察・計画作成及び実施 を学ぶ

 警備・教育訓練係長の田中1曹は、精悍な顔つきで、いかにも鬼軍曹的な風格のある方であった。何事にも厳しく、訓練構想に基づく現地偵察調査・関係先との事前調整・訓練計画の作成・命令の作成など用意周到・細心の注意・決心決定事項は断乎として実行するといった力量のある方であった。 

 毎日、作業服装で席が温まる暇のないくらいに、張り切って仕事をした。

 後年、要撃管制幹部として、群本部運用班長として警備計画・訓練計画の作成と基地警備演習の実施等に当たって、ここで鍛えられた基本の知識経験・度胸が生きてきた。未熟なため失敗することもあったが得難い経験を積むことができた。

   特に、部隊訓練の現地偵察は、安全管理面に関して徹底した確認を行うなど厳格な指導を受けた。階級や年齢は若くても、未知のことに勇敢に立ち向かう力・貪欲に何でも吸収する力・柔軟性に富んでいるときこそ、鍛えることの必要性を歳を重ねるたびに再認識した。

 こうした経験から、部下の力量に応じて鍛えたり、意識して厳しい上司役を果たすことが多かった。

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 《 昭和32年10月 佐久間ダム野外訓練、どのような状況であったか定かではないが、後列右から2番目の石原格太郎総務課長や前列左から田中正治1曹、坂本辰馬人事班長等上官・先輩を差し置いて前列中央に堂々と内野英昭士長と陣取っている。今から考えると赤面し若気の至りであった。

前列左から田中正治1曹坂本辰馬1尉・濵田喜己3曹・内野英昭士長・福島1士・縣益司郎事務官、後列左から・鈴木義勝士長・二木博行1士・渡辺勝隆1士・小倉豊司3曹・津村邦男1士・石原2佐・前田2曹