昭和の陸上自衛隊の思い出(3) 血となり肉となった新隊員教育

1.血となり肉となった訓練成果

   昭和30年1月陸上自衛隊入隊したが、戦後初の「操縦学生」として航空自衛隊へ転身することとなり、結果的には5カ月 の在隊であった。      

     短期間ではあったが、陸上自衛隊で鍛えた教育訓練が航空自衛隊の第1期操縦学生基本課程で役立つことになった。

    新隊員教育では、日々の営内生活、教育訓練そのもの全てが初めて体験することばかりで、ものすごく新鮮で興味深かった。

   何でも吸収してやろうと積極的に習得する意欲に燃えていたせいか、当時売店に売ってあった隊員必携的な教育訓練の教科書のようなものを購入し一生懸命に学習した。今考えると教育訓練資料であったように思う。

    当時、新隊員教育は実地訓練で徹底して教え、反復演練して身につけることを主眼としていたと思われるが、私にはさらに自分で納得するまで理解するため、教範的なもので再確認して自習したいと思っていたようだ。

    訓練では、多分プリントのようなものはもらったと思うが、メモ程度であったように思うが思い出せないほど古い時代のこととなってしまった。

  いずれにしても全てが新鮮で一生懸命、訓練内容の習得に励んだことを記憶している。

   班の中で一番若かったせいか、覚えること、体力的にも実地訓練や野外訓練もさほど苦にならずこなすことがてきた。

    新隊員であるから全体像は分からなかったが、訓練内容は着実に習得したように記憶している。

    こうした体験をしたので、次の操縦学生基本課程では、起居動作、教練、野外訓練など多くの面で役立ち肉体と精神面でかなり余裕を持つことができた。

    厳しい教育訓練の成果が次第にわが心身を鍛えた血となり肉となって行ったことを膚で感じたものである。

    

2.軍隊における「基本教練」

 世界中いずこの軍隊であっても、入隊したら基本教練をまず行う。

 私が昭和30年1月陸上自衛隊に入隊して一番先に教わったことは諸動作の基本である「基本教練」であった。姿勢、歩行、敬礼、整列、号令などの基本動作から、分隊教練、小隊教練へと進んでいった。

    当時、教官・助教の見事な教育と実員指揮に「あのようになりたい」と羨望の眼で眺めたものである。

 同年6月航空自衛隊に転進したとき、この時の徹底した訓練が後で役立った。戦後初の「操縦学生」になってもまずこの訓練から始ったが、すでに陸上自衛隊で十分訓練してきたので、自分なりに正確度の向上に努めた。

 後年、航空自衛隊の幹部となり実員指揮をしたり、教練の教官をすることがあったが、自信をもって教育し、実員指揮することができた。

 実員指揮は、理屈ではなく、実際に分隊・小隊を自分の命令通りに動かすことはかなり実員をもって演練を重ねなければ難しいものだ。場数を踏めば踏むほど自信がつき、実員指揮能力が身につくものである。

 最初の頃は、分隊教練で一定の区域内で訓練をするが、「前へ進め」と号令したものの、命令通り分隊は前に進むが、停止、方向変換の号令が出てこなくて、「あれよあれよ」という間によその区域に入ったり、他の分隊とぶつかったり、大汗と大恥をかいたりしてみんな成長していくものである。

 新隊員であっても、分隊長を交代で体験する。自分で号令を発するとそのとおり分隊員が一斉にその動作をすることを体験することによって、指揮者の立場を経験させ、どのような号令の仕方、諸動作のコツを体得し、命令と服従の関係を理解するようになる。 

 基本教練では、いろいろな失敗を重ねながら、最後は狭い区域内であっても、部隊を自分の思う通り動かすことができるようになるものだ。  

   与えられた時間内によどみなく水が

 流れる如くすべての課目を終えるようになると、指揮官も隊員も一体感が生まれものである。「労少なくして合理的に部隊・隊員を動かすコツ」を体得していくのである。

 

3.基本教練の真髄

 私は自衛隊の基本教練にはあらゆるものに共通する実員指揮・作業管理・指揮命令のコツが埋蔵されているように思われる。どれだけその中からお宝を引き出せるかはその人の力量にかかっている。

    軍隊のみならず警察、消防、さらには会社等の現場作業管理などこにでも適用できるからである。

 新隊員として、一隊員、分隊長、小隊長、中隊長役と段階を追って基本教練を体験してみて、軍隊組織、自衛隊でいかに基本教練が重要であるかを身をもって知ることとなった。

 文字どおり「基本の教練」であり、基本をしっかりと身に着け、自然にその動作ができるようになると一人前の自衛官に成長したこととなる。鍛えられた隊員の目が輝きと節度のある諸動作には近寄りがたいものを感じるようになるものだ。

 新隊員で入隊した若者が、短期間で親や先生が「これがあの子か」と驚く秘密がここにある。人間の意志と能力は無限であるからである。

 私なりに、教練の真髄は、「命令と服従」を徹底し、命令の通り従わせること、指揮官の実員指揮能力を身につけさせることの二つにあると理解している。

 4月になると、自衛隊には新隊員等が入隊する。幼稚園には新しく園児が入り、学校も会社も新入生、新入社員が希望に燃えて入ってくる。

 最初に体験することはどの子も真剣である。素直・真剣と受け入れる態勢は整っている。教える、受け入れる側も万全の態勢で臨んでいる。呼び方は違っても形は変わってもどの場面であってもまさしく「基本教練」が大切ではなかろうか。

 上手に「基本教練」を使いこなせた学校、会社は発展する。今春も新入社員への社長等の訓示を新聞紙上で読むのが楽しみである。 

 

 4.訓練査閲・検閲の厳しさを知る

    自衛隊では、訓練の成果を評価確認するため教育・訓練査閲したり、部隊等の任務遂行能力を評価判定する検閲、即応態勢点検・評価など行なっている。

    世界のどこの軍隊でも部隊の査閲・検閲・能力評価等が行われている。また、戦争や実任務で部隊行動したら戦訓・評価チ-ム・観戦武官が随伴するのは古来から行われている。

    それは、どこの社会でも名称は異なれど業務・業績・組織運営の評価確認を行い改善を図っているのと同じである。業績不振であれば社長が交代している。管理職の配置換えもある。 

     旧軍時代でも、検閲に不合格となれば、不名誉極まりないことであり、連隊長の首が飛ぶ・予備役に左遷されるほど厳しかったと言われている。世界どこの軍隊でも同じである。それほど厳しく捉えられている。いつの時代も同じである。

    国民から負託された任務を遂行する能力を常に維持・向上することは部隊指揮官の責任であリ、定期的に評価判定される厳しい社会である。

    新隊員教育も然りである。定められた基準に達しているか評価判定される。

    当時、前期教育の最終期には、訓練査閲は確かときの中部方面総監が来られるということで、中隊長以下教官・助教・新隊員が一体となって訓練は一層熱が入った。

    一新隊員であった私には、あの幹部以下の熱意が教育訓練の成果を一段と向上させるものであることを強く胸に焼き付いたもである。

     後年、航空自衛隊の部隊・学校で訓練検閲・教育査閲・即応態勢評価等を受けたり、上級司令部勤務において、検閲団の一員として数多くの評価判定に参加することになったが、なんといっても最初の新隊員教育における前期教育訓練査閲が思い出される。

 小銃の分解結合などは目隠しでも簡単にできるようになったものである。やればできるし、こうした査閲・検閲・即応態勢評価等が組織にとっていかに重要であるかを骨の髄まで叩き込んだことが思い出される。