こころのふるさと(5)  わが故郷・鳥取県湯梨浜町宇野の「国指定名勝尾崎氏庭園」(1)

 湯梨浜町宇野の尾崎邸!

 

f:id:y_hamada:20130728180327j:plain

 

大東亜戦争中及び戦後にかけての小学生のころ,尾崎邸によく出入りした記憶がある。今は亡くなった幼友達の同級生松村喜一郎君のお父さんが尾崎邸で働いていたことから彼と一緒に邸内のあちこちを歩き回ったのを覚えている。子供のことだから遠慮なく入っていたのではないかと思う。

 

 松村君は道路を挟んだ真向かいの家に住み、大学卒業後、NHKに入局し国際部で大活躍した。彼は子供の頃のことを本当によく覚えていた。鬼籍に入って今は聞くことができない。

 また、同級生の尾崎しく子さんは尾崎邸の令嬢で、結婚して宮脇となり昭和54年に亡くなった。小学生のころもの静かなおとなしい子だった。

 ちょうど満50歳になった昭和60年春、宇野小学校第1回卒業生の同級会を当時の恩師を招いて故郷で行った。

 その折、しく子さんの御弔いを兼ねて恩師を含めて全員が尾崎邸を訪問することになった。

 30数年ぶりに、松村君等と尾崎邸の門をくぐった。 小学生のころに出入りした尾崎家住宅はそのままであったと記憶している。

 尾崎家住宅は、1,200坪の敷地内に母屋等16棟の建造物と国指定名勝「松甫園」をはじめ3つの庭園で構成されている江戸中期の古民家です。

 子供の感覚だけにそれはそれは広くて、特に敷地を囲う黒い板塀が延々と続いていたのが強烈に残っている。

 塀に沿った南側の水路は、子どもにとって魚とりの格好の場所であったように記憶している。大雨の時には邸内から多くの鯉があふれて逃げたのをよく覚えている。

 邸宅の一番上の避雷針はこどものころからあったように記憶している。この避雷針を見て落雷のことを知った。》

 

湯梨浜町宇野の国指定名勝尾崎氏庭園!

 

f:id:y_hamada:20130728141032j:plain

 

《 江戸時代の大庄屋尾崎氏の庭園をご家族のお接待を受けながら眺めた。邸宅はもとより庭園を昔ながらにしっかりと維持管理されておられる様子を垣間見て感動したものだ。当時もっと詳しくお尋ねすればよかった。昨年宇野に帰った時には非公開と伺った。》

 

宇野小学校同級生・恩師と尾崎氏庭園で語らう!

 

f:id:y_hamada:20130728160237j:plain

 

f:id:y_hamada:20130728160147j:plain

 

《 ご家族の温かいおもてなしを受け、特に、女性の同級生はご家族としく子さんとの思い出話に花が咲いた。

 庭園の写真を多く撮ったはずなのに、30年近くなると探しても見つからない。もっぱら庭園の方から同級生の方を撮った写真が記録されていた。

 昭和60年4月28日、素晴らしい庭園を前に子ども時代にかえって、同級生・恩師が語り合った。》

 

尾崎氏庭園の水琴窟!

 この庭園には、水琴窟があることは知られている。ひところ水琴窟ブ-ムがあり話題になった。庭園の縁先の手水鉢の前に、日本庭園の趣をより高めようとする技法であり、造園技術の最高傑作の一つといわれる「水琴窟」が置かれており、音を聞かせていただいた記憶がある。

 

 個人が古い家屋・庭園等文化財を有する場合、保護するためのご苦労は並大抵のことではないと思われる。

 文化の継承は大事なだけに社会全般が保護について大きな関心を持つべきであろう。

 郷土の誇る文化財が末代まで継承されることを祈っている。》